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◇
「恵介、買い物行くぞ」
「うん」
集の言う事は絶対。
だから俺はすぐに従う。
「え、恵介くん、まだ集の部屋にいるの?」
部屋を出たところで声が聞こえた。
俺達の視線の先には律希さんが立っている。
「あんな事言ってたのに、まだ一緒にいるんだ?」
「律希さん…?」
「恵介、お前、律希になんか言ったの?」
集が俺を見る。
「集と別れたいって言ってきたから、俺が相談にのってあげたんだよ」
「え…」
「へえ…」
そんな事言ってない。
集を見るとすごく冷めた目で俺を見ている。
でも律希さんはそれに気付かない。
「自分と集じゃつり合わないから、隣にいるのが辛いって」
「へー…そう」
集、怒ってる。
俺、そんな事一言も言ってないのに…。
律希さんは強硬手段に出たみたい。
それだけ集が好きなんだ…。
律希さんが集の首に腕を回す。
「あ…」
やめて。
集に触らないで。
でも、律希さんだとしっくりくる。
俺が隣に並んでいても王子様としもべなのに、律希さんだとちゃんと王子様とお姫様。
じわじわ視界が滲んでくるけど、堪える。
「恵介、そうなの?」
「え?」
「お前、どう思ってんの?」
集の言葉は絶対。
『一生俺のそばにいろ。俺の言う事に逆らうな』
集に逆らっちゃいけない。
それでも俺はみすぼらしいしもべの自分が恥ずかしい。
華やかな王子様と綺麗なお姫様の前に立っていられない。
「っ…俺と別れて…」
それだけ言ってふたりから逃げた。
……。
行くとこない。
集の部屋にはもう二度と戻れない。
だって別れたんだから。
あそこは王子様とお姫様のお城になる。
とりあえずネカフェに入って夜を過ごそう。
こんな時なのにお腹は空く。
人間って図太い。
集と付き合うようになってから、仕事は辞めろって言われて無職だったけど、生活費は全部集が出してくれてたから貯金は減ってない。
でも無限にあるわけでもない。
明日になったら部屋探しして仕事も探そう。
今日はとにかく泣きたい。
スマホの通知音が鳴ったので見てみると、銀行の口座に振り込みがあったとメール。
「…?」
力の入らないまま通帳のアプリを確認すると、口座に10万円が振り込まれている。
「???」
誰からだ?と思って入金記録を確認すると、集から。
…手切れ金?
また涙がぼろぼろ落ちる。
もうほんとに終わったんだ…。
でもこのお金は受け取れない、返さなきゃ。
どうやって返そう…。
俺、王子様を手放しちゃった。
俺は集のそばにいないほうがいいんじゃないかって思ってたけど、実際別れると、心も身体も錆びた刃物でえぐられたように痛んで、…辛い。
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