36人が本棚に入れています
本棚に追加
たぶん好き
高校生・年上×年下
生きている感覚が希薄な飯山朔(受け)と、正反対な奥田大晴(攻め)の話です。ちょっと暗い部分があります。
*****
今日俺を抱いた男からもらった金でいつも通りピアッサーを買ってピアスを開ける。
これで十個。
つまり十回抱かれた。
俺が生きている形。
生きてる感覚が希薄で、なにかにこの世に繋ぎ止めてもらいたくて。
何気なく身体を売ったら生きてる心地がして、それを記憶するためにピアスを開ける。
こんな俺でも、セックスの間だけでも必要とされるなら生きていける気がした。
◇
昼休み、屋上でフェンス越しに地上を見下ろす。
ここから飛び降りたら楽になれるのかな、とか考えてみる。
この生きにくさをどうやったら解決できるんだろう。
いつかこの鬱々とした心が晴れる日は来るのだろうか。
いや、絶対来ない。
だってこの感情がなくなった自分を想像できない。
これがなくなったら俺はきっと飯山朔という自分ではなくなり、ますます生き方がわからなくなる。
この重苦しい考えが憑りついている俺が俺。
そして俺を消してしまうのはたぶん、とても、簡単。
このフェンスを乗り越えて空を飛べばいいだけ。
「飛び降りるんなら俺がメシ食い終わってからにしてねー」
突然他人の声が俺の背後からかけられた。
ゆっくり振り返ると少し離れたところで見知らぬ男子生徒が俺を見ている。
「こっち来てみー?」
なんだろう。
俺とは違う人種だ。
無視したいのに無視する勇気がない。
おとなしく近寄ると卵焼きを口に突っ込まれた。
「……」
おいしい。
けどなんの意味がある行動だろう。
毒でも入っていて俺を消してくれようとしてくれているとは思えないから、たぶん親切…?
よくわからない。
いや、俺を消してくれたほうが親切か。
「腹減ってんじゃねーの?」
「減ってないです」
「お前、何年?」
「一年の飯山朔です」
「俺、三年の奥田大晴。大晴って呼んで」
「…はあ」
名前を聞いたところでどうせ関わるのは今だけだから無駄。
すぐに俺だって相手だって忘れる。
「飯山、さっきからなにしてんの?」
奥田先輩が聞くので素直に答える。
「地上を見下ろしていました」
「支配者になった気分? 人がゴミのようだって」
「いや、そうじゃなくて…」
なんだろう、この人の思考。
わからな過ぎる。
「じゃあなに?」
「……飛び降りたら、消える事ができるのかなって」
こんな事、誰にも話した事なかったのに。
というか、俺の心を聞いてくれようとした人なんて今までいなかった。
俺がなにを考えていようがこの人にはなんの関係もないし、知ったところで気分が悪くなる以外にないのに。
「そっか。俺、消えたいなんて思った事ねーわ」
「でしょうね…」
「なんでそんな事考えんの? 生きてるの辛い?」
「…辛いって言うか、なんか…生きにくくて息苦しくて」
俺の言葉を真剣に聞いてくれる奥田先輩。
この人、何者だろう。
こんなわけのわからない後輩の話を聞きながら弁当食べてる。
こういう話、弁当まずくならないのかな。
「じゃあさ、明日から一緒にここで弁当食お?」
「…なんでですか」
不可解過ぎる。
「おいしいメシ食えば心が楽になるかなって」
「お断りします。俺なんかと関わったって楽しくないですよ」
奥田先輩から離れて屋上を後にしようとしたら背後から声がかけられる。
「また明日な! 飯山」
「………」
もう二度と会う事なんてない。
そう思ったのに、俺はこういう誘いを受けた事もなければ無視なんてできる性格でもない。
どうしていいかわからずおとなしく翌日の昼休み、屋上の奥田先輩のところに行ってしまった。
「来たな。じゃあメシ食お」
「…はい」
昨日と変わらずなにを考えているかわからない奥田先輩。
まさか来るかどうかわからない俺を待っていたんだろうか。
「購買のパンなんだ?」
「はい…」
「じゃあ俺のおかず食べていいよ」
「結構です…」
そう言っているのに、弁当箱の蓋にウィンナーや卵焼きをのせて俺に差し出す。
「うまいよ。食べて」
「はあ」
「昨日気づかなかったけど、飯山すげーピアス開いてんな」
「はあ」
「いくつ?」
聞きながら俺のピアスを数える奥田先輩。
俺はどうしていいか固まる。
「十個? 開けすぎじゃね?」
「…そういう奥田先輩は」
「二個。フツーだろ?」
「はあ…」
「てか大晴って呼んでよ」
「はあ」
奥田先輩はピアスが両耳一個ずつで二個。
なんだろう、不思議な感じ。
こんな風に人の事を聞いた事なんてなかった。
いつも他人は他人だと思ってきたから、興味を示す必要なんてないと感じていた。
「…奥田先輩」
「そんな堅苦しく呼ばなくていーって。大晴って呼んで」
「はあ…」
堅苦しくって、だって先輩だし、そんな馴れ馴れしく呼ぶ間柄でもない。
「で、なに?」
「あの…どうして俺とメシ食ってんですか?」
「そりゃ飯山と約束したからだろ」
「約束…」
約束。
あれは約束だったのか。
ぼんやりとパンを食べていると奥田先輩はじっと俺を見る。
吸い込まれそうな瞳。
「なんですか?」
「いや、明日もここでメシ食おうな」
「……はあ」
よくわからない人だ。
でも居心地がいい。
俺はまた“約束”をして屋上を後にする。
明日約束があるから今日は消えるのはまずい。
いつでも消えたいと思っていたのに、初めて消えてはいけない理由ができた。
最初のコメントを投稿しよう!