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その夜はネカフェで過ごし、翌日は大学を休んだ。なにをするでもなくぼんやりとして過ごす。また夜になって、今夜もまたネカフェかな、と思っていたらスマホが震えた。紘一から、かと思ったら洋治だった。
「…はい」
落胆を隠せずに電話を受けると、洋治の明るい声が聞こえる。
『昨日はごめんな、驚かせて』
「いや……」
『あれ、どうした?』
「ううん、なにも」
それしか答えられない。紘一じゃなくてがっかりしているなんて言えない。
『紘一は?』
「さあ?」
『自宅じゃないの?』
「違う」
『今どこ』
「ネカフェ」
俺の答えにかぶせるように聞いてくる洋治に、どんどん心が落ち着いてくる。ああ、俺は冷静じゃなかったんだな、と今更わかった。
『紘一と喧嘩したのか』
「してない」
『………』
喧嘩はしていないから、正直にそう答えると洋治は黙ってしまった。暫し沈黙。
そう、喧嘩にもならない。相手にしてもらえていない、のかな。
『迎え行く』
「いい」
『でも』
「いや……迷惑じゃなければそっち行ってもいい?」
なんとなく、ひとりでいるとよくない気がした。でも、迎えにきてもらうなんて面倒をかけられない。通話を終えるとすぐにネカフェを出て電車に乗った。
「郁也!」
「あー…ごめん、秀樹、洋治も」
「いいよ。上がって」
秀樹に言われて素直に部屋に上がる。ふたりの部屋。俺達の部屋と違ってきちんと“同棲”している。胸が痛い。
「なにがあった?」
秀樹が切り出すので、ぽつぽつと紘一と俺のことを話す。誰かに俺達のことをきちんと話すのは初めてだから、どう話していいかわからない部分もあったけれど、洋治も秀樹も丁寧に聞いてくれた。
「マジか。ふたりは付き合ってるもんだとばっかり思ってた」
洋治が溜め息を吐く。
「いや…」
「前に洋治とふたりで遊び行ったときに、ゴムとかあったからフツーにそういう関係だと」
「セックスはしてる」
「それでも付き合ってない、と」
「うん」
秀樹も理解できんって顔をして言う。
「紘一は俺に対して恋愛感情はないみたい」
こればっかりは誰にもどうにもできない。俺だけが好き。どうにもならない想いに涙がこみ上げる。
「ちょ…泣くなよ、郁也。秀樹、どうにかしろ」
「どうにかって言われても……あ、郁也、スマホ鳴ってる」
秀樹に言われてスマホを見ると、画面が光っている。誰からでも出たくない。無視。
すると着信音が止まる。でもすぐにまた画面が光る。
「また鳴ってるぞ。出るからな」
「………」
「もしもし、洋治だけど!」
『洋治』で通じるってことはまさか。
「郁也ならそこで泣いてる! 誰かさんのせいで! 知るか! とにかく今、郁也は俺達んとこいるから! じゃあな!」
一方的に通話を終えている様子の洋治が、俺の視線に気が付いて苦笑する。
「めちゃくちゃ慌ててる紘一からだった」
すーっと心に冷たい風が吹いた。今更、なんなんだ。
…でも、でももし迎えにきてくれたら希望が持てるんだろうか…。そう考えてしまう自分の浅はかさに、また涙が溢れてきてしまう。
「おい、洋治、なんとかしろ」
「なんとかってなんだよ…」
秀樹と洋治が肩を揺すり合っているのを見て、胸が苦しくて。
急に洋治が立ち上がる。
「とりあえず飲もう。コンビニ行こう」
「それいい。郁也、行こう。洋治、財布取って」
「うん」
仲いいなぁ、とふたりの様子を見るとまた涙腺が刺激されるけれど、ぐっと堪える。三人で近くのコンビニまで歩いて行った。
コンビニで買い物をしていても、俺が目を留めてしまうのは紘一の好きなものばかり。そのたびに、ばかだな、と自分を笑ってしまう。涙は今のところ引っ込んでいるけれど、気を抜くとすぐにまたじわじわしてくる。洋治と秀樹はそんな俺の様子に気付いているんだろうけれど、触れずにいてくれた。
のんびり買い物をして戻ると、アパートのそばにタクシーがとまっている。そしてそばに紘一が立っていた。
「郁也…」
「…紘一…? え?」
俺の手を掴み、タクシーに押し込む紘一。わけもわからず、されるままにタクシーに乗せられ、ドアが閉まる。紘一が運転手さんに自宅の住所を告げる。すぐに動き出す車。
紘一はずっと黙ったままで、盗み見た横顔は険しかった。
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