29人が本棚に入れています
本棚に追加
帰宅後、玄関で抱きすくめられた。いつもと違う紘一にどきどきしてしまう、簡単な俺の心臓。
「…ごめん、郁也」
「え?」
謝った? 紘一が?
「家出するほど恋人になりたいんだったら、恋人になろう」
「は?」
なに?
「だから、もう家出なんてするな」
「………」
なにそれ。
家出してほしくないから恋人になる?
なにそれ。
それが紘一の答え? だから迎えにきた?
なにそれ。
なにそれ。なにそれ。なにそれ。
プツンとなにかが切れた。
「そうじゃないだろ!!!」
紘一の身体を突き飛ばし、尻もちをついて驚いている紘一に言葉を投げつける。
「どう思ったんだよ、どう感じたんだよ! なにもかも言えよ!!」
「………」
ぽかんとしている紘一。俺は深呼吸をしてもう一度口を開く。
「俺は紘一が好き。好きだから恋人になりたい。紘一に、今更恋人になる必要性を感じないって言われて傷ついた。このままでいいじゃん、って言われて辛かった」
「………」
「それでも紘一が好き。でもそんな自分がばかみたいにも感じた。だから家出した」
「……うん」
ぽかんとしたままの紘一が相槌を打つ。俺は涙が堪えられない。
「迎えに来てくれて嬉しかった。やっぱり俺は紘一が好き。紘一が大切」
「…………好き…大切…」
紘一が自分の胸に手を当てる。
「……俺、郁也がいなくなって胸が苦しくて、すごく焦って、嫌などきどきがした。電話に出てくれなくて怖かった。なにかあったのかって不安になった。このまま帰ってこなかったらどうしようって思った」
「うん」
「顔を見たらすごくほっとした。抱き締めたらものすごく安心した」
「つまり?」
それは紘一にとってどういうことなのかと問う。
「……」
紘一が立ち上がって俺に手を伸ばす。俺の頬に触れ、輪郭をなぞる。
「………大切って、こういうことなんだ…」
初めて知ったことのように驚いた表情のまま俺に触れる紘一。
なんだよ、もう…。子どもじゃないんだから。
「…………しょうがないな…」
そんな言い方されたら、許すしかできないじゃん。
「ごめん、郁也…」
ちゃんとした“ごめん”に胸が熱くなる。
「いいよ。俺も勝手に出て行ってごめん」
紘一が俺の手をとり、ぎゅっと握る。少し不安そうな瞳で俺を見て、ゆっくり口を開く。
「……郁也、俺の恋人に…なってくれる?」
「うん…なる」
もう何度も抱かれた腕の中に閉じ込められるけれど、全然違う。嗅ぎ慣れたにおいも温もりも、全然違う。こんなにすべてを優しく感じたこと、なかった。
「おかえり…郁也」
「ただいま、紘一」
最初のコメントを投稿しよう!