優しい恋に酔いながら

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 藤亜には俺の気持ちなんてわからない。だって藤亜は異性愛者だ。特にそういう話をしたことがないけれど、同性愛者だと聞いたこともない。もしそうなら、俺が自分のことを相談したときに話してくれたんじゃないかと思うと、「違う」という結論になる。  恰好よくて、昔から人気があって、彼女の一人や二人すぐに……その気になればハーレムも作れるだろうというくらいにモテる男には、俺みたいな平凡男が抱いてくれる相手にどうやっても出会えないという感覚さえわからないだろう。そう考えたらなんだかいらっとした。 「そんなに怒るなら、藤亜が抱いてよ」  軽い気持ちで挑発すると、藤亜の眉がつり上がる。また怒られる、と思ったけれど、俺の気持ちがわからないくせに無責任に怒る藤亜に、俺が怒りたいくらいだ。 「なあ、もっといろんなことを深く考えてくれ」  せつなげな表情で言われた言葉はぐさりと胸に刺さった。確かに俺は浅はかなところがあり、深く考えず、思いついたままに行動する。今回のこともそうだと言われれば否定できないけれど、なんでそんな顔をするんだろう。いくら幼馴染とはいえ、心配しすぎじゃないのか。  黙り込んだ俺から目を逸らし、大きなため息をついた後、わかった、と藤亜が一言。 「俺が抱く」  一瞬なにを言われたのかわからなくて固まってしまった。俺から挑発したことだけれど、まさかそう返ってくるとは思わなかった。 「……本気?」 「今更『冗談でした』なんて言ったって聞こえないから」  強引に抱き寄せられ、その動きとは裏腹に優しく唇が重なった。唇を舐められ、歯列を割って舌が入り込んでくる。呼吸も唾液も絡めるようなキスにくらくらする。キスだけでぼんやりしてしまった俺に、藤亜が少し意地悪に笑う。 「抱いてほしいんだろ? 抱いてやるよ」 「っ……あ……」  抱き上げられてベッドに運ばれ、優しく寝かされる。乱暴な言葉と正反対な動きに戸惑いながら服を脱がされ、丁寧な動作で壊れ物を扱うように撫でられた。まるで大切にされているような抱き方を不思議に思いながら、快楽の渦に呑まれていく。  突然、古い傷を思い出した。中学生の頃、一つ上の先輩を好きになり、その人に抱かれたいという願望が生まれたときのこと。  その願望は日に日に強くなり、先輩を想う気持ちも日が経つごとに膨らんでいった。ただ好きでいられればよかったはずが、俺を見てもらいたい、好きになって欲しい、と欲求が高まっていき、自分で自分が怖くなった。  人を好きになることが怖い。  先輩への想いより、恐怖のほうが大きくて、俺は最後の恋を捨てた。  それ以来、誰かを好きになることをやめた。やめようと思ってやめられるものではないけれど、またあの欲求の塊の恐ろしい自分になることを考えたら、好きになることは自然となくなった。あのとき、自分を追い詰めたのは確かに自分自身で。考えれば考えるほど深みにはまっていくことも知った。考えると怖いから、深く考えることから逃げてきた。……怖いことすべてから、逃げてきた。  なんでこんなことを急に思い出したんだろう、と意識が藤亜から逸れたのがわかったのか、仰け反る身体をきつく抱きしめられた。身動きが取れないくらいに、ぎゅっと。
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