たぶん好き

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◇ 二週間が経ってもまだ奥田先輩は俺とメシを食っている。 不思議な人だ。 しかも俺用の弁当まで持ってきてくれるようになった。 申し訳ないので材料費などいくらか払いたいと言ったら、そういう意味で持ってきてんじゃねーって怒られた。 どういう意味で持ってきているんだろう。 話を聞くと、俺の事を話したら奥田先輩のお母さんが作ってくれるようになったとの事だった。 申し訳なさ過ぎる。 「飯山、明日もメシ食おうな」 「はあ…」 明日も約束ができた。 俺は、約束が“できてしまった”から、約束が“できた”に考え方が変わっている自分に気付き、むず痒くなる。 今日も消えるわけにはいかない。 明日も先輩に会いたい。 ◇ 前に抱かれた相手から連絡があり、夜に会う。 生きてる心地が得たくてやっている事だったはずなのに、セックスして金をもらってホテルを出たら虚しくなった。 なんでか奥田先輩の顔が浮かんで俯いてしまう。 「どうしたの? なにか考え事?」 「いえ、そういうわけじゃ…」 相手が優しく声を掛けてくれるけれど、その声が纏わりつくようで不快に感じる。 なんでだろう。 こんなの感じた事ない。 そう思って相手の顔を見たらその向こうに奥田先輩を見つけた。 固まる俺にもう一度声を掛ける男性。 俺に気が付く奥田先輩。 先輩が近寄って来て、男性がすっと俺から離れて駅の方向に向かって行って。 ホテルの前で固まったままの俺に先輩は怪訝な顔で声をかける。 「飯山…なにしてんの、こんなとこで」 「あ、…いえ、ちょっと…先輩こそどうしたんですか?」 「俺、バイトの帰りで近道だからここ通ってんだけど。さっきの誰? ここから一緒に出てきたように見えたけど?」 目でホテルを示す先輩。 なんだろう。 さっきまでの虚しさと違う空虚感が俺を包む。 知られたくなかった。 でもこれで明日の約束がなくなる。 俺は消えていい。 「…はい、さっきまで抱かれてたので」 なんだか投げやりな気持ちになる。 こんな感情初めてだ。 苦しい。 先輩に知られた事がすごく苦しい。 「………」 俺の言葉を聞いて一瞬固まった先輩が俺の手を掴む。 痛いほどの力に怒っているのかなと思う。 先輩が怒る理由がわからない。 なにもわからない。 …違う、わかりたくないんだ。 「来いよ」 「え」 俺の手を引いて今俺が出たホテルに入る先輩。 引きずられるように手を引かれ、部屋に押し込まれる。 「あの、奥田先輩…?」 先輩が乱暴に俺をベッドに倒す。 「せんぱ…っ、なに…んっ」 唇が重なって舌がさし込まれる。 苦しいくらいのキスにくらくらしていると先輩は俺の履くジーンズと下着をずらす。 奥まった秘部に触れられ、怖くなる。 「やめ、…先輩、やめて!」 「さっきの男はよくて俺はだめなの? あの男が好きだから?」 「ちが…あれは金もらって抱かれてるだけで好きとかじゃ…」 俺の言葉を聞いた先輩の瞳が氷のように冷たくなる。 怖い。 先程のセックスでほぐれている場所へ強引に先輩が挿入ってくる。 セックスで怖いと思った事はなかった。 でも今は怖い。 先輩が怖い。 揺さぶられるままに声を上げる俺を凍った瞳で見つめ続ける先輩。 熱い手が俺の昂りを扱き、限界へと追い詰める。 先輩の動きが速くなって、声が抑えられない。 俺が先輩の手のひらを白濁で汚すのとほぼ同時に先輩が小さく身体を震わせて達する。 「……ごめん、飯山」 ティッシュで手を拭いながら先輩が謝る。 「ごめん…でも、無理だよ」 「先輩…?」 「俺、たぶん飯山が好きだから、他の男に抱かれてるとか我慢できない。しかもそれが金でなんて、ぜってー無理」 「…………は?」 今この人なんて言った? 俺が好き? そんなばかな。 「飯山は…俺の事、嫌いになったよな」 悔しそうに顔を歪める先輩。 俺が先輩を嫌いになった…。 そうか。 普通、無理矢理抱かれたら嫌いになるのか。 それなのに俺は…俺は。 奥田先輩の手を握って唇を重ねる。 「……飯山?」 「……」 嫌いになるのが普通。 それなのに俺はこれまで積み重なったもののほうが大きくて嫌いになんてなれない。 積み重なった気持ちが叫ぶ。 たぶんこの人が、好き。 こんな俺を知ろうとしてくれて、優しくて明るい先輩。 俺に毎日約束をくれる人。 消えてはいけないんだと思わせて、生きる意味をくれる人。 「俺も、たぶん…先輩が好きなので、嫌いにはなれません」 顔が熱い。 誰かを好きかもなんて思う日が来るなんて思わなかった。 気持ちを伝えるって、生きる意味がわからない以上に苦しい。 「ほんとに?」 「はい…」 「絶対?」 「…はい」 「ナシは聞かないけどいいの?」 「は、い…っ」 きつくきつく抱き締められて本当に苦しい。 でもなんでか生きてるってわかってほっとする。 もう一度キスをすると先輩が身体を離す。 「出よ。今更だし俺が連れ込んだんだけど、こういう場所だとそういう気分になる」 「……」 初めて、身体の奥から誰かを求めるっていうのがわかった。 先輩の背中に抱きつくと、先輩はちょっと身体を強張らせた。 「…飯山?」 「そういう気分になってください」 「……」 「今度はきちんと大晴先輩を感じたい、です…」 顔が燃えるように熱い。 先輩が俺の顔を覗き込もうとするので顔を背けようとしたら頬を包まれて先輩のほうを向かされた。 「そういう事、俺以外に二度と言うな」 「…今までも誰にも言った事ないです」 「…っ」 余裕のなくなった熱い瞳が俺を捕まえる。 唇が重なって蕩けるキスに夢中になる。 今度は優しく俺をベッドに倒す大晴先輩。 肌を味わうようにあちこちにキスを落とされて舌が這ってゾクゾクする。 「せんぱ、い…っ! あっ…」 「好きだよ、朔…好き」 先輩とひとつになって本当の“生きてる心地”がどういうものかわかる。 誰かに求められるとこんなに満たされるものなんだと知った。 ◇ 「なにしてんの?」 「ピアス、外そうと思って」 火照る身体を抱き締め合っていたらピアスを外したくなった。 俺を抱き締める先輩が不思議そうに聞く。 「なんで?」 「これ、抱かれるごとにもらった金でピアッサー買って開けてたんで、嫌だなって」 口にしてからはっとする。 こんな事言ったら嫌われるかもっていうか嫌われたかも。 先輩は俺のピアスが十個あるって知ってる。 つまり十回抱かれた事がばれた。 プラス今日の一回。 まずい。 せっかく生き方を手に入れたのに、失うかもしれない。 「…俺が外す」 でも先輩は深く聞かずに俺の耳に触れる。 ピアスをひとつひとつ優しく外してくれた。 「…十個…十回、か…」 「え?」 「お前、今からあと十回できる?」 「え!? 無理です!」 「だよな。俺も無理」 ちょっと笑って、すっきりした俺の耳に触れる先輩。 ふっと息を吹きかけられてゾクッとする。 「じゃあしっかり上書きしてこーかな」 「…嫌じゃないんですか?」 「全然。むしろ燃える。さっさと上書きしたい」 「ええ…」 「その程度の事で俺が朔を手放すと思う?」 本当になんでもないって顔で言う。 「その程度…」 「他の男なんてあっという間に忘れさせてやる」 先輩は気付いていない。 俺がもう、今まで抱かれた男の事なんて思い出せなくなっている事。 「大晴先輩…たぶん、好きなんだと思います。あなたの事…」 「『たぶん』もすぐになくさせる」 「先輩も『たぶん飯山が好き』って言ったじゃないですか」 「じゃあ朔も俺の『たぶん』、なくさせて」 キスを繰り返しながら、こんなのいいのか?って気持ちになる。 こんなわけのわからない事が起こるなんて。 生きるって、不思議。 END
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