震える

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 その生活を繰り返し数ヶ月経った冬の一日。暖冬だと世間は言いながら、その日は突然冷え込み雪がチラついていた。雪が顔にあたるのは正直鬱陶しい。  そんな中いつも通り居酒屋が密集する場所で立っていると、一人の男が話しかけてきた。年は三十代前半の細身で、スーツにコートを羽織っており、いかにも仕事帰りらしい。  「お姉さん、一人?よかったら一緒に飲みに行かない?」  笑顔で言う男の裏側を私は知っている。だから私は首を横に振った。  「えぇ...ノリ悪...」  「二人きりになれるところに行こうよ。」  男に被せて言うと、不意をつかれた男は動きを止めて目を丸くした。  「建前なんていらない。そんな面倒なこと、求めてない。」  私が言うと、男は口の端を釣り上げた。その表情に一つ身震いが起こる。これはきっと寒さのせいだと自分に言い聞かせる。  じゃあ、と言わんばかりに男が暗い路地裏の方を顎でしゃくったので、私は男についていった。少し奥に行けばもうそこは別世界で、賑わいの声も小さく聞こえる。ここで助けを求めて大声を出しても、きっと酔っ払いの耳には届かないだろう。
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