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「この野郎!」
不良が大きなモーションで先輩に殴りかかる。でも先輩にはやっぱり当たらない。危うげなところさえもない。
すごい、と最初は思った。
でもそのうちに先輩がすごいんじゃなくて、ヤンキーたちが大したことない人たちだったのかな? と思うようになった。
先輩がパンチを当てると、彼らは派手に痛がったりすぐにフラフラになったりしている。あんまり痛そうな音が出ていないのに。
味方が優勢なんだから、普通はもっと先輩を応援したり、素敵♡ってハートがキュンキュンするところなんだろうけど……不自然なくらい強いから、疑問の方が先に勝っちゃう。
これで終わりだというように、先輩がヤンキーのお腹に膝蹴りを入れた。三人はあっさりとやられて、路上に寝転がっていた。
三対一で絶対有利のはずだったのに、とうとう先輩の顔には一発も当たらなかった。
「口ほどにもない奴らだったな」
汗ひとつかかずに涼しい顔をした先輩が振り向く。
「大丈夫? 夢乃ちゃん。もう怖くないからね」
「あ、あの……」
私が抱きついてくると想定していたのか、先輩は両手を広げていた。その自信に満ち溢れた綺麗な顔に、私はおずおずと質問する。
「先輩、さっきの本当に殴ってました……? パンチの音があんまり聞こえなかったんですけど……」
私の言葉に、一瞬この場の空気が固まったような気がした。
先輩の表情からだんだんと輝きが消えて能面のようになっていく。それを見て、私は妙な胸騒ぎを感じた。
もしかして私……今、ヤバいことを言ってしまったのでは?
「ぷっ……ははっ」
突然足元の方から笑い声がして、私はギョッとした。やられて倒れているはずのヤンキーさんたちが全然平気そうな感じで笑い出したからだ。
「おい、話が違うじゃねえかよ。ダッセーな木更」
「……起き上がってくるなよ」
先輩が聞いたこともない声を出した。今まで少女漫画の中にいたはずなのに、いきなり少年誌に飛ばされたような気分なんですけど!
「ど、どういうことですか? 先輩……」
木更先輩は舌打ちをした。
「君はとことんフラグを折ってくれるね、夢乃ちゃん。ここで僕に惚れてくれなきゃ──こいつらに渡した金が無駄になるじゃないか」
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