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罪な男
「……遅え」
三十分で帰ってくると言って飛び出して行った夢乃が約束の時間を過ぎても帰ってこないので、竜也はスマホを睨みつけてイライラしていた。
急いで洗ったばかりの髪はまだ地肌の近くが濡れている。タオルで乱暴に拭きながら、再びスマホを手に取る。
夢乃はドジな女だから、何かトラブルに巻き込まれているのかもしれない。買い忘れた食料があってもう一度買い物をしているとか、外国人に英語で道を聞かれているとか、財布を落としたとか。
どんなトラブルだろうと夢乃なら引っかかっていそうに思えてきて、やっぱり自分も一緒に行けば良かったと竜也は後悔した。
腹の虫が鳴る。
限界を感じて、竜也は再びソファーに倒れ込んだ。
「……どこまで買い物に行ってんだよ」
握りしめたスマホには夢乃のアイコンに使われている猫の顔が表示されていた。その下の、通話のアイコンをタップすれば繋がると分かっているのだが、
電話は、恥ずかしい。
竜也はソファーの上でジタバタした。
暴れていると、ふとさっきの出来事を思い出した。顔から湯気が出て、彼は急におとなしくなった。
夢乃と触れ合った唇を触って目を閉じれば、自分自身でさえ要らないと手放しそうになった意識を救ってくれた夢乃の笑顔が瞼の裏にチラつく。夢乃の声が再生される。それだけで、竜也の全身の熱が勝手に上がってきた。
初めての鍋も相当に期待が高い。だがそれ以上に、
「夢乃に会いたい……とか言わせんな、バカ!!」
竜也は独り言を言って再び暴れた。
すると、握りしめていたスマホが突然震えながら鈴の音を立てた。竜也は文字通りに飛び起きた。
「あ”あ⁉︎」
竜也流の「もしもし」で電話に出ると、相手は嬉しそうな声を出した。
『竜也さん! ちわッス!』
「……なんだ、朔か」
相手は舎弟の朔太郎だった。
竜也の体内のエネルギーが40%ほど削られた。がっかりしてソファーに腰かける。
『どうしたんすか、元気ないっすね』
「うるせえ。用がねえならかけてくんな。切るぞ」
『わっ、待ってください! ちゃんと用がありますんで!』
「さっさと言え。五秒以内に結論を言え」
指の関節を鳴らす音だけ聞かせると、朔太郎は早口になって言った。
『朗報っす! 例の女を襲った事件の犯人、この俺、可児朔太郎がたった今捕まえました!』
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