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『やめてくれ。実際にはそんな自分が気持ち悪くなって一度も使ったことはないんだから。随分前のことだし、変なアプリが勝手に入ってることに気づいてあいつがもう消してるかもしれないけど……』
『いいから試してみろって!』
竜也はもうほとんど話を聞いていなかった。
夢乃を迎えに行くため、足はすでに玄関に向かって動き出していた。すると。
『あ、見つけた! あいつ、駅前のスーパーのあたりにいるっすよ!』
朔太郎の声がした。竜也の心臓がドクンと大きな音を立てた。
「スーパー?」
そこには、夢乃がいる。
『ちょっと動いてるっす。なんかやべえ方向だな……』
「どっちだ⁉︎」
『駅の西口の方っす。その辺、面倒くせえ奴らがいるんすよね』
西口の方は飲み屋街の入り口があり、そこに入ると一気に街のトーンが変わってくる。ゲーセンや風俗店やラブホテルなど大人の遊び場と呼ばれる店舗が多めになってくるからだ。
治安も当然悪くなる。半グレやヤンキーの溜まり場なので、揉め事が嫌いな竜也も敬遠したくなる場所だ。夢乃のような普通の女子高生は絶対に近寄らないようにしているはずだが。
万が一、夢乃が木更に見つかり危険な場所へ連れて行かれそうになっていたら。
『木更、ナツキのことで不良を目の敵にして、校内で弾圧みたいなことをしてたから……そいつらに見つかったらヤバイと思う』
神田が呟く。
木更だけならいい。もし、その場に夢乃が一緒にいたら。
竜也の頭に最悪な場面が浮かんだ。
朔太郎との電話を勝手に切り、すぐに夢乃のLINESを開く。通話を押して繋がるのを待つが、音は途中で切れた。
「夢乃……!」
竜也は靴を足先に引っ掛けただけで玄関を飛び出した。
途端に眩暈がする。階段がぐにゃりと曲がっているように見えて、足を踏み外した。
次の瞬間、竜也の体は踊り場まで一気に転がり落ちていた。肩と膝に激痛が走る。
「……ってえな、クソが…っ」
踊り場に落としたスマホがどこかで鳴り始めた。暗くなりかけたのと空腹の影響でかすむ視界の中、音を頼りにして夢中で掴む。
「ゆ……」
『どうしたんすか、竜也さん。急に電話が切れたから──』
朔太郎の声がして、竜也はイラッとした。
「うっせえ、俺のことはいいから木更の居場所を言え!」
痛みに耐えながら竜也は必死に立ち上がった。
フラフラしている自分の頭を殴りつけ、再び駆け出す。
不穏な空は夜のグラデーションに変わっていた。
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