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トウキョウシティ
酷暑だ。
カケルはイケブクロ駅を出て、思わず熱気に顔をしかめた。
天空高く舞い上がった太陽が灼熱の熱波を放ち、アスファルトをじりじりとあぶる。
シンギュラリティから10年が経過した。ほぼすべての地区がAIによって適温に管理されているはずだが、イケブクロ駅前は違ったらしい。
こんな人口密集地でなぜ整備されないのかと思うが、国への税金が足りないのだろう。AIが瞬時に適正な税金を算出するプログラムがなされているが、消費税増税に反対する市民、利権を手放したくない政治家の先生が根強く生き残っている。
そう思う自分もAI社会に適応しきれてないのだろうな、と考えつつ、カケルは右のポケットに忍ばせた『聖典』に触れた。
「ごめん、待った?」
別の出口から、小柄な女性が小走りで駆けてくる。恋人のアイコだ。アイコとはマッチングアプリで知り合った。今ではAIが理想の彼女を選んでくれる時代だ。ひと昔前は個別に恋人関係が成立したらしい。
「いや、オレも今来たところだよ」
と定番の返事をする。
実際はナビゲーションシステムの発達と、無人タクシーや列車などの交通機関の成熟により、時間よりも早く着く、遅れるということはほとんどない。それでも社交辞令のような挨拶が繰り返されるのは、人間の性なのかもしれない。
きっとこの先生まれる子供には受け継がれないだろう風習だろう。
アイコは白いワンピースを着て、雑誌のモデルに似た甘やかな顔をしている。ワンピースは汗の蒸発力が高い特殊繊維、顔は修復可能なミニマム整形だろう。
かく言うカケル自身も、廉価販売の平凡なTシャツをホログラム加工して高級品に見せかけている。加えて鼻は幹細胞を用いたミニマム整形で高く、整った形に変えてある。
「すべてが虚飾の時代である」とのたまった評論家がいた。カケルはその通りだと思う。だからこそ、そう思いながら左手で左のポケットを握った。
「今日、どこへ行く?」
アイコがカケルの手を取り、指を絡ませながら甘い声で聞く。
「そうだな、久しぶりのデートだから」
カケルは時計を見た。
まだ約束の時間まで4時間はある。
「映画でも見ようか。ほら、前、観たい映画があるって言ってたじゃん」
「ホント、嬉しい」
カケルとアイコは映画館へと足を向けた。
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