風変わりな男と出会う

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風変わりな男と出会う

「江戸はぬくいのう」 突然、びっくりするようなセリフが耳に飛び込んできて、叶恵(かなえ)は思わず振り返った。 そこには、すらっとした長身で、恐ろしく顔が整っているものの、大変にダサい男が立っていた。 腰には小さなポーチをつけ、チェックのシャツをジーパンにインして。 レポートを作成していた叶恵は、彼から目が離せなくなった。 昼時を過ぎて、大学の学生食堂は自由に過ごす学生で賑わっている。 叶恵は、ここで一人、実験のレポートを書いていた。静かな場所よりもこういったざわついた場所の方が落ち着くタイプだ。静か過ぎると返って落ち着かない。 叶恵は女子が苦手だった。いちいちつるんでトイレに行くのも、それを目にするのも煩わしかった。可愛い女の子たちがおしゃれを楽しみ彼氏と付き合いキラキラしているのを見たくはなかった。それはあまり自分の容姿に自信がないからだった。 大学は工学部に進学した。やりたい学問が特にあったわけではない。女子がほとんどいないから選んだだけだ。また、これだけ男子が多ければ、1人くらい叶恵を好む物好きがいるかもしれないという期待もあった。 そんなわけで、男子が97%を占めるこの大学に、叶恵はやってきた。 叶恵はこの日も一人、学食にいた。ここは涼しいし、図書館と違って飲み物が飲める。テーブルでお茶を飲みながら、誰かを気にすることもなく黙々とレポートを作成していたのだが、わからないところにぶつかってしまった。 縦のつながりがあった方が良い、と聞き、一応サークルにも入っている叶恵は、先輩から過去レポなるものを入手していた。一年生の物理学実験は全学科共通カリキュラムで毎年同じだから、先輩が書いた過去のレポートのコピーが各サークルごとに蓄積されているのだ。新入生勧誘のセリフは、大抵どこも、「過去レポ揃ってるよ!」だ。 叶恵は、表紙にAと評価が書かれたそれを持っていたのだが、何度読み返しても理解ができないでいた。レポートの作者は現在は同じ学科で博士課程にいるらしいことは耳にしているし、A評価であり、内容に間違いはないはずだ。だが、叶恵は、ただそれを書き写すのではなく、自分の実験結果から本当にその結論でよいのか納得したかった。自分のレポートとして書き上げたかった。 まだ5月なのに、今日はとても暑い。 文献を調べるためにここを引き払って図書館にいくか、もうしばらくここで涼むか、迷っていた。 外に出たくないなぁ。 しばらくここで休憩することにし、飲み物を買いに席を立とうとしたところだった。あの素っ頓狂なセリフが聞こえてきたのは。
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