職質を拒む男

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 時代は平成初期。とある町に存在する一つの警察署に突如、垂れ込みが入った。  それはこの町に存在する海が見える浜辺で、違法薬物の裏取引が本日の夜十時に執り行われるというものだった。  近年問題となっている薬物中毒。  それを止める為には入手経路を断ち、バイヤーを一網打尽にする事。その為、警察は厳戒態勢に入っていた。 「起立! 礼!」  今日の張り込みの為の捜査会議が始まる。そこに一人の熱血刑事が居た。 「いいか! 浜辺にいる奴は全員逮捕だ!」 「それは人権問題になるからダメです!」  部下達は冷静に突っ込みを入れる。 「以上! 解散!」 「絶対やめてくださいね!」  この熱血刑事ならやりかねない。周りはヒヤヒヤしていた。  よって、相方には冷静沈着な部下が着く。  熱血過ぎる猫月(ねっけつ)刑事に、冷静沈着過ぎる冷星(れいせい)刑事。その組み合わせにより何故か上手くいき、検挙率No.1である異質なコンビだった。  それはそのはず、この熱血刑事には鋭い観察眼があり見た手違いをしたことなど一度もなかった。そして、冷星刑事は尋問をして逮捕をする。そのコンビネーションは、もはや伝説だった。  夜、取引が行われる一時間前の九時。全員が持ち場に着く。  垂れ込みには「浜辺」としか情報がなく、それはこの小さな町でも複数の場所がある。  よって、捜査会議にて割り振られた場所にペアで各々配置に付き、何かあれば応援を呼ぶ。いつもと同じ張り込み方法だった。  熱血の猫月刑事と冷静過ぎる冷星刑事も指定された場所におり、相手に警戒されないように覆面パトカーを駐車場に停め運転の休憩を装い張り込みをする。  しかし、一つしかない浜辺への入り口には誰一人寄り付かない。  十時過ぎ、皆警戒体制を強化しているが、流れてくる無線は「異常なし」の報告ばかりだった。 「おかしいぞ! こうなったら通行人を片っ端から逮捕だ!」  猫月刑事は手錠を片手に車から出る。 「いやいやいや! 普通に迷惑ですよ、それ!」  冷星刑事はそれを制止するが、熱血ゆえに聞き入れない。  しかし幸いな事に通行人は誰一人居なかった。 「おかしい! これは近隣住民全て逮捕だな!」 「意味分かりません!」  突っ込みをいれた後、二人に冷たい風が吹き付ける。 「寒っ!!」  熱血の猫月刑事もさすがに耐えきれず、二人の刑事は車に戻る。  人気がないのは当然。季節は真冬であり、こんな夜の寒空の下の中、風が吹き付ける浜辺にわざわざ来る人物など居ないだろう。 「……やはりガセですかね……?」  冷星刑事が冷静な声で話したその時、浜辺に向かう若い男女が居た。 「あいつら! 逮捕だー!」  猫月刑事は手錠を持ち、飛び出そうとする。 「待ってください! まずは見張りです! 落ち着いて!」  冷星刑事は猫月刑事の腕を掴み説得する。  二人の刑事は車から、浜辺に居る男女を見る。  その男女は浜辺の南に向かって歩いたかと思えば、次は北に向かって歩いていき、そしてまた南に戻っていく。 「……何やっているんだ、あいつら! あやしい! 逮捕だ!」 「待ってください! おそらく、ただのデートですよ!」 「あんな意味のない行動に何の意味がある!」 「若いってそうゆうことなんです!」  しかし冷星刑事のフォロー虚しくその男女はこの寒空の下、一時間も浜辺をウロウロしていた。 「怪しい!」 「……まあ、確かに」 「逮捕だー!」 「分かりました! 分かりました! まずは職質しましょう! だから手錠は仕舞ってください!」  二人の刑事は車から降り、男女に近付く。  すると女性はサイズが合っていない男性物のコートを着ているが寒さで震えており、逆に男性はこの寒空の下なのにスーツ姿でいる。  おそらく女性が寒がっているから男性がコートを貸してあげたのだろうが、寒いなら帰れば良い話。この二人はこんな場所で一体何をしているのだろうか?
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