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わたしのコートのポケットの中は、たぶん未来に繋がっている。
例えば、何か紙切れが入ってるなぁ、なんて取り出してみると、二ヶ月後の日付の入った発売前の大人気ゲームのレシートだったり。
例えば、何かあったかいなと思って手を突っ込んでみると、帰りに買い食いしようとしたコンビニの肉まんだったり。
いつどのタイミングで未来に繋がるのかは不明。出てきたものが、本当に未来のわたしがポケットに入れたものなのかも不明。うっかりポケットの中に入れていたものがなくなっても、どこに飛ばされてしまっているのかも不明。
何もかもが不明な謎の現象。それでも、最初はありえないと思っていたそれらも、未来と繋がっているのだと考えると理解できた。
この不思議なコートは、赤ずきんちゃんみたいなフードのついた可愛いデザインのダッフルコートで、以前古着屋で一目惚れして買った逸品だった。
未来に繋がるポケットも、気付いた最初こそ怖かったけれど、今となってはそれも含めてお気に入りだ。
「よっ、みくる。今日はポケットに何か入ってたか?」
「洸斗……おはよう。えーっとね……今日は充電の切れたワイヤレスイヤホンが片方だけ出てきた」
「うわ、いらねぇ」
「入れっぱなしにしておいたらそのうちまたなくなるとは思うんだけど……でもこれ、多分前に失くしたイヤホンの片割れなんだよね」
「へえ、失くし物が返ってきたのか。それならよかったな」
コートの秘密を知っているのは、持ち主であるわたしと、幼馴染みの洸斗だけだった。
お馬鹿でお調子者で子供っぽくて、でも未来に繋がるポケットなんて荒唐無稽なことも信じてくれる、気の良い奴。……まあ、放課後教室を出るなりいきなり熱々の肉まんをポケットから出したところを見られたものだから、説明せざるを得なかったわけだけど。
「……なあ、そのポケットの中に入れとけば、何でも未来に飛ばしてくれんのかな」
「さあ……? そもそも中身が本当に未来に行ってるのかもわかんないけど……何か飛ばしたいものでもあるの?」
「これ。今日帰ってきたテストの答案……」
「うわ赤点。洸斗って本当にあれだよね……もっとちゃんとしないと、依乃にも嫌われるよ」
「うるせー。……今週末、その依乃と遊ぶ予定あるからさ。こんな点数取ってきたなんてバレたら、遊んでないで勉強しろって言われるだろ……叱られるならせめて来週以降にしたい」
「……人のポケットをゴミ箱代わりにしないで」
「ちぇ……みくるだって要らんもんばっか入れてるくせに」
「大事なもの入れてなくなったら困るでしょ。だから要らないのだけ入れてるの」
「おまえもゴミ箱扱いしてんじゃん!」
依乃は、わたしの友達。そして、洸斗の好きな女の子。
見るからにお互い意識しているのに中々進展しない二人は、傍で見ていて焦れったかった。照れると顔を背ける癖のある洸斗は、依乃の前だと目も合わせなかったのだ。
わたしは二人ともと仲が良いから、当然遠回しに相談なんかもされるわけで。ついキューピッド役なんてものを買って出たばかりに、今ではこの二人はわたし抜きでも遊びに行けるくらいには、すっかり良い感じ。
二人が仲良くなれてよかったと思う反面、内心浮かぶのは友達と幼馴染みを同時に失うような疎外感。そして、ひっそりとした洸斗への失恋。
それを悟られまいと、わたしはいつもの調子で洸斗に笑い掛ける。
「あ、そうだ。いっそ洸斗がポケットの向こうに行ってくれば、週末までタイムスリップ出来るかもね」
「タイムスリップ! そりゃいいな! んじゃ早速、お邪魔しまーす」
「え、冗談……って、わ、ちょ……っ!?」
不意にポケットの中に手を入れられて、その感触がくすぐったい。ただのノリだったけれど、洸斗にとって深い意味はないけれど、思いの外近い距離に、もしこんなところを誰かに見られたら、なんて思った次の瞬間……
「えっ……うわ!?」
「……洸斗!?」
洸斗は、ポケットの中に吸い込まれて消えてしまった。
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