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そう言って女性が見渡す先に広がるのは、なにもないだだっ広いだけの草原。
確かに、こんな場所で道に迷う方が難しいだろうな。
「うん、まぁ……。ありえないほど遠くから来たんだ。それに、色々と事情があってね」
まさか別の世界からやってきたなんて言えるはずもなく、とりあえず適当にごまかす。
そんな俺の気持ちを察してくれたのか、女性はそれ以上なにも聞かずに話を続けてくれた。
「なるほどねぇ。どうやら、大変だったみたいだね。それじゃ、助けてくれたお礼に私たちが街まで連れて行ってあげるよ」
「本当に? それはありがたいな」
思わぬ展開に喜んでいると、後ろからさらに別の男が近づいてきた。
「気をつけろ。ノエラはがめついから、街についた途端に運賃を請求されるかもしれないぞ」
「そうそう。気付いたら尻の毛までむしり取られちまうぜ」
男の言葉に他の男たちも同意し、馬車の周りからは楽しげな笑い声が聞こえてくる。
「あんたら、失礼なことを言うんじゃないよ! いくら私でも、恩人から金を取ったりするもんか!」
男の言葉に、女性は怒ったように怒鳴りつける。
もちろん本気で怒っているわけではなく、よく見ると女性の口元にもうっすらと笑みが浮かんでいる。
どうやらこの女性はノエラという名前らしい。
「まったく、誤解されたらどうするんだ。間違っても金なんて取らないから、安心しておくれ」
「ははっ、信用しています。申し訳ないけど、今の俺は一文無しなもんで」
仲の良さそうなやり取りに思わず笑みをこぼしながら、俺はお言葉に甘えて馬車へと同乗させてもらう。
俺に続くように他の人たちも馬車の中へ入ってきて、さっきまで会話していた男はいつの間にか御者台に座っていた。
それにしても、ちょっと狭いな。
馬車の中には荷台に積みきれなかった荷物が押し込まれていて、人の座るスペースまで侵食している。
まるで肩を寄せ合うようにして座ると、隣に居るノエラさんの体温が伝わってくる。
「狭くってごめんね。ちょっと張り切って商品を買い占めすぎたんだよ」
密着してることを特に気にした様子もないノエラさんは、そう言いながら呑気に笑う。
彼女とは反対に、あまり女性と密着したことのない俺は少しだけドキドキしていた。
できるだけ顔に出さないように表情を引き締めていると、御者台から声が聞こえてくる。
「それじゃ、出発しますよ」
一声かけて馬車が動き出し、ゴトゴトと車輪の音を鳴らしながら前へと進んでいった。
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