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 胃の奥から禍々しい熱が胸の辺りまでせり上がってきて、咄嗟に口元を抑えた。  劇場出番の1時間前だというのに、台本は楽屋のテーブルに置かれたまま来た時から一度も微動だにしていない。  フクロネズミ、の創作物と思わしきページは、読んでいる途中でリロードが始まったかと思いきや、次の瞬間には404エラーが表示されていた。  昨日は睡眠薬を指示された量の3倍は飲まないと眠れなかったし、今朝は空の腹の中に痛み止めを入れてきた。そこまでしないと、気分が悪すぎて仕事にならないからだ。  少しでも余計な思考を排除しようと試行錯誤してみるも、まだ沸々と何かをとしている。その行為が余計に身体を蝕むというのに。  強制的に奴らの下劣で傲慢な言葉がシャットアウトされたのはまだ救いだったように思う。こうして劇場にはなんとか辿り着けたのだから。 「ヤマシタ」  自分の名を呼ぶ声で、体が重力を取り戻した。背が低めの、俺よりもさらに顔の皺が濃く刻まれた中肉中背の男が、椅子に腰掛けている俺を見下ろしていた。 「ぼーっとして。台本ちゃんと読んだのか?」  馴れ馴れしい口調に、俺は分かりやすく戸惑いの表情を浮かべていたのだと思う。 「……え、あなたは……」  一体誰なのか。  続く言葉が喉元で堰き止められている間に、男はやけに落ち着いた口調で割り込んできた。 「新手のボケか?ササキだよ」  内臓の熱が、頬を伝って頭頂にまで瞬時に伝播した。数秒前の俺を時間ごと消し去ってやりたい。 「ああ!悪い悪い!ササキだよな、分かってるよ」 「変なやつ。とにかく読んでおけよ」  ササキはほとんど唇を動かさずにそう言うと、薄手のダウンジャケットを脱いで共用ハンガーラックに向かって行った。  仕事に集中しなければ。  まだぼんやりとする脳みそを、両頬を二回叩いて揺らした。記憶力はそう悪くない方だという自信が多少はあったのだが、本番10分前になってもどうしても最後の数ページが頭に入らなくて、こんな事になるならもっと早く話しかけてほしかったとササキを逆恨みした。
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