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美湖は、映画を思い切り楽しんだ。何度も大声で笑った。
映画館を出てから食べたクレープも、イチゴがたっぷりで美味しかった。
なくしたはずのものが見つかったという喜びが、すべてをいい感じに思わせて、美湖の気分を盛り上げてくれていた。
別方向の列車に乗る里梨花と改札で別れ、美湖は、帰りの切符をきちんと財布にしまった。これでもう、なくすことはないはずだ。
(大事な物は、丁寧に扱う――、だったよね)
財布をバッグに入れながら、思わず微笑んでしまった美湖の肩を、誰かがポンと叩いた。びっくりして振り返ると、幼なじみの千裕が見下ろしていた。
「ち、千裕?! なんでここに?」
「なんでって――、中央図書館へ行った帰り! ほら、行くよ!」
千裕に押されるようにして、美湖はエスカレーターに向かった。
二人の母は、同じレディース・クリニックに通っていて友だちになった。
千裕の方がひと月先に生まれたが、家が近かったこともあって、家族ぐるみの付き合いが、その後もずっと続くことになった。
二人は、生まれながらの幼なじみである。
同じ電車に乗り込むと、美湖は黙っていられなくて、今日の「奇跡」について夢中で千裕に話してしまった。
「ねっ?! すごいよね! もう、絶対にないと思ってたのに見つかったんだよ! やっぱり、わたしって日頃の行いがいいから、神様が助けてくれたのかな?」
「神様もほっとけなかったんだろうな、美湖のうかつさが――。神様に感謝して、今度こそポケットに頼る癖はなおすんだぞ」
「うん。気をつける」
たぶん、千裕も里梨花と同じように、美湖が切符のしまい場所を勘違いしただけだと考えているに違いない。だが、美湖の性格をよくわかっている彼は、美湖が「奇跡」に感謝し、整理整頓に気をつけるようになれば、それでいいと思っているのだ。美湖は、そう考えた。
そんな千裕のちょっとした思いやりが、美湖はなんだか嬉しかった。
財布から取り出した切符で改札を抜け、駐輪場へ向かう千裕を見送った後、空っぽのポケットに両手を入れて、美湖は歩き出した。ポケットの中は不思議なくらい温かかった。
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