喧嘩

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喧嘩

『おい!今まで何をしていた!』 まだ新築の我が家に、父親の怒号が響き渡ったのは1週間前。 久々に帰ってきた私に、父はそういった。 私はそっと舌打ちをして部屋へと無視しようとしたが、逃げる私の腕を父親が掴んだ。 途端、吐き気に似た感情がこみ上げる。 『気持ち悪い』 声が沈まる。父の目が私を見る。また込み上げる。あの感情。 『学校にも行ってないんだろ?なあ、どういうつもりだ』 『私の勝手でしょ。あんたはかわいい2人の子どもの世話でもしとけば?』 嫉妬だった。隠しようもなく。 『お前だって俺の子供だぞ』 『は…?本当はいらないって思ってるんでしょ』 『そんなこと、』 『あるよ』 私の声と入れ違いに、後ろから床を踏む音が聞こえてきた。 夏美さんだった。 『雪乃ちゃん。本当にそんなことない。私はあなたのこと子供だと思ってるし、私達は5人家族よ』 慰めに聞こえた。 私の感情を後押しするに、リビングからギャアと泣く妹の声が聞こえた。  あんたはいいよ。生まれてきたのを迷いなく『おめでとう』って言ってもらえるんだから。 『じゃあ、』 父と夏美さんは眉を下げてこちらを見ている。 私も自然と眉が下がり、感情は涙として溜まった。 『じゃあ助けてよ……』 唇から溢れたのは、親への反抗でもなく、だった。 その事実が、私を可哀想にした。 『しんどい。ねえ、助けてよ…。』 2人は息を殺すみたいにしていた。 意味もない主張が込み上げる。 『ねえ、わかる?母親を殺して生まれてきた子どもの気持ち』 自分の言った言葉に感情が反応して、涙が溢れてきた。 『弟が生まれたばっかのとき。ふたりは弟の子育てに忙しくしてたけど、私はまだ構ってほしくって、お父さんに話しかけたの、そのときお父さん言ったんだよ。“お前は大丈夫だろ”って。』 まだ、小4だよ?と声がこぼれる。 『突き放されたと思ったよ、私いなくてもいいような気がしたよ』 父は『ごめん』とも『違うんだ』とも言わず、ただ斜めしたに視線を落としていた。 悲しい思い出がどんどん込み上げる。 『中学に入って、初めてのテストでとんでもない点数取ったとき。全然勉強せず遊びまくってたからね。そのとき、夏美さん私に言ったの。』 仄かな笑みが私に宿る。 『“大丈夫だよ!私は怒ったりしないよ!”』 いやいや、 『私は怒らない?なにそれ。あからさまに気遣って、なにが“あなたの母親”だよ。夏美さんにとって私は“夫の娘”でしかなかったんだよ』 自嘲みたいな笑みがこぼれた。 夏美さんはかすかに唇を震わせていたが、声は出なかった。 黙り込む2人を確実に傷つける言葉を、私は放ちたいと思った。 『私はこの家にいて、“生きていて良かった”と思ったことは一度もない』 夏美さんは何に対してか、顔を覆って泣いた。 父は相変わらず、瞬きすらせずに黙っていた。 私はそんな二人に背を向けローファーに足を突っ込む。 後ろから、声はなかった。 夏美さんのすすり泣く声と、お父さんの、背中をさする音。 もう、取り返しがつかなかった。 そこからはもう走って家を飛び出した。 黙って泣いた。 もう帰れないと思った。 はじめて自分の気持ちを語言化して、『家族から愛されてない』ことを改めて確認した気分だった。 もういい。もういいよ。 生まれてこなきゃ良かったんだよ。 それが、私があの家を出ていった経緯。  
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