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後悔
『ねえ、なんで雪乃にはお母さんがいないの?』
『お母さんはね、死んじゃったんだ』
『どうして?』
『……うーん。誰も、悪くないことなんだけどなあ』
お父さんは苦いものを食べたような顔でそれを繰り返した。
『誰も悪くない』。
お父さんは、どれほど私が鈍感だと思っているのだろう。
そんな言い方をされれば、さすがに気づく。
きっと、私のせいなんだな、って。
小学生のとき、おばあちゃんから聞いた。
『お母さんはなあ、雪乃を産むときに持病を発症して死んじゃったのさ。』
よくわからなかった。
でもそれ以上は聞けなかった。
ほんの少し、聞くのが怖かったのだ。
『私のせい』だと確定付けられたら、そう思うと、幼心ながらに怖かった。
でも月日が経つにつれ、その事実は私の中ではっきりしてきた。
私を産むときに死んだ。
私のせいで死んだ。
お母さんは、私が殺した。
皮がむけるみたいに、少しずつ、少しずつ事実は姿を確かにした。
そう思うともう止まらなかった。
そんな小学4年生のとき、お父さんが新しいお母さんを連れてきた。
名前は夏美さん。
小麦色の肌と花咲くような眩しい笑顔の素敵な人だった。
私が夏美さんとはじめて会ったとき、夏美さんのお腹がほのかに膨らんでいた。
『赤ちゃん、いるんだよ。雪乃ちゃん、お姉ちゃんになるんだよ!』
それから間もなくして、弟が生まれた。
私が小学5年生になったばかりのころ。
夏美さんに似て、肌が小麦色の、可愛い男の子だった。
それからまた2年後。私が中学生になった頃。
妹が生まれた。夏美さんに似て、口が大きく『笑顔が咲く』という表現がピッタリの女の子。
私は彼らを見ていると、母親似の白い肌と小さな口を、隠したくてたまらなくなった。
そうしてお父さんとお母さんはふたりの子供の子育てに忙しくしていた。
だからといって、大切にされてないわけじゃない。
家族のお出かけには、いつだって私も連れて行ってくれたし、家族写真にもいれてくれてる。
でもそのたびに押し寄せる。
『仲間に入れてくれてる感』。
お父さんとお母さんと、2人の可愛い子どもたちを見ていると、なんだか自分が部外者のように思えた。
完成された4人家族に、ひとり付け足されたような、そんな感じが込み上げた。
邪魔じゃない?わたしって必要?
感じる孤独感。ここは家じゃない感。
家にいたら、それらに押しつぶされて息ができなくなった。
だから、ほとんど家に帰らなかった。
この前、久しぶりに帰ったら、まるであなたのことを思っているみたいな顔で説教をする親が、とてつもなく気持ち悪くて、ひどい言葉を投げつけてしまった。
いちばん、親が傷つく言葉を。
大喧嘩をしてから早くも1週間。
一度も家に帰っていない。
ひどい娘だよ、私は。
ねえお母さん。
私、あなたを殺してまで生まれてくるべき人間じゃないよ。
お母さん、
生まれてきて、ごめん――。
じじじじじじじじじ。
耳の鼓膜を打つようなアラーム音にパチっと目が覚めた。
人生のダイジェストみたいな夢を見ていたのに、今日こそ目覚めない気がしていたのに、
朝は、当たり前にやってきた。
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