ありがとう

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重いドアを開けると、ちょうど懐中電灯を手に持った父が目の前にいた。 ちょうど、私を探しに行くところだったようだ。 「た……だいま」 お父さんはまず、怒ったような顔をして、それから悲しそうに眉を下げて、そして膝から崩れて、 「どこに行ってたんだよー…」 と、弱々しく言った。 顔には、初めて見る父の涙があった。 「ゆ、雪乃ちゃん!?」 声の主は、奥から出てきたエプロン姿の夏美さんだった。 夏美さんは、ものすごい速さでこちらに走ってきて、初めて聞くような大きな声で私に言った。 「どこに行ってたのよ…!あなたがいなくなってから、気が気じゃなかったんだからああ!」 私は思わず温かな涙を浮かべ、笑いを含んだ顔をして見せる。 「ごめんってばー!泣かないでよ〜!」 ふたりの背中をバシバシ叩きながら負けないくらいの大きな声で言った。 そうしないと、情けないくらい泣きじゃくってしまいそうだったから。 「本当にごめんな」 父の湿った声がそう言った。 私はそっと首をふる。 「私が悪いよ。ほんとごめん」 「私の方こそ本当にごめんなさい」 夏美さんはそう言って頭を下げた。 私は「やめてよ」と首を振る。 「……でも、もう帰ってこないかと思ってた」 夏美さんは涙を拭いながら私に言う。 私は沙良のことを話したくて、待ってましたと言わんばかりの速さで応える。 「それがさ!不思議な女の子に会って、沙良っていうんだけど……」 夏美さんはパチパチと2度ほど瞬いて、 「沙良…?その子に、会ったの?」 「うん。今さっき」 夏美さんは恐る恐る、父に困惑した顔を向けた。 「沙良ってたしか……」 反して父は、ありえない、と呟いてから、私に言う。 「……沙良は………雪乃の産みの親だ」 神様に食い止められていた記憶が、バチンと火花を散らした。 ねえ、お母さん。 お母さんは、私を産んだ19歳のときに死んでしまったんだね。 そのときお父さんは24歳だったから、だいぶ大変だったみたいだけど、私はこうして高校生になれたよ。思えば、それが何より愛情の証明だったのかも。 お父さんからお母さんのこと、聞きました。 生まれつきの病気でしんどいこともあっただろうに、その分、周りの愛情がよく見える人だと、お父さん言ってた。 きっと、私が『生まれてきてごめん』なんてふざけたこと言ってたから、心配して来てくれたんだよね。 心配かけちゃったね。ごめん。 明日から、高校にもちゃんと行こうと思います。 大学にもちゃんと行けるように、頑張る。 高校には行かないって言ってる友達にも声をかけてみようと思います。 ねえ、神様が許してくれたら、また会いに来てよ。 もちろん私が帰ってきたときお父さんが泣いた話も話したいんだけどね、 そのときに、ひとつ言いたいことがあるの。 ……照れるね。でも、言わせて。 ねえ、お母さん。 産んでくれてありがとう。 私はいま、生きていて幸せです。  
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