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友人に、先輩の“貴美華さん”を紹介してもらったのは、その週の金曜日だった。
長い茶髪の、なかなかの美人である。一つ年上の彼女は、私のことを見るとやや低い声で“あー”と呟いたのだった。
「えっと、カズミちゃんの友達の……エリちゃんだっけ?あのさ、今からすんごく失礼なことを言うんだけど」
「は、はい。なんですか」
「あんたってさ」
彼女は私をじいっと見て、そして。
「猫、捨てたことない?段ボールに入れて」
一言。
たった一言だったが、私を戦慄させるのに十分だった。貴美華は言う。自分は祓う力は大したことないけれども、幽霊を見ることに関しては得意なのだと。ゆえに。
「カズミちゃんからあんたの名前を聞いた途端にね、猫の鳴き声がしたんだよ。つか、アンタの顔みたらもっとそれが大きくなってるっていうか。多分これ、聞こえてんのアタシだけだよな?」
「ね、猫……って」
「その様子だと、心当たりあるね?子猫、捨てたことあるだろ。保護猫かペットショップで飼ったのか知らなかったけど、思ったほど懐かなくてムカついたとかそんな理由で。捨てた時あんたはまだガキだったかもしれないけどさ。……相手にとっては、そんなの関係ないんだわ。どんだけ呼んでも叫んでも見捨てられて、置いていかれて、段ボールの中から出ることもできないで死んだって事実は。……あんた、心から反省して許して貰うしかもう、助かる方法はないと思うんだけど」
実は、私も忘れていた出来事だった。小学校の時、自宅で飼っていた猫。思いがけずその猫が子猫を生んでしまって、対処に相当困ったのである。産後の扱いが悪かったせいなのか元々病弱だったのか、子猫はほとんど死んで生き残ったのは一匹だけだった。だが、生き残った一匹の黒猫は我が家の誰にも懐かず、小さいながらいつもシャーシャーと威嚇するわ、へんなところでトイレをするわで散々困らされたのだ。
特に、私は猫の世話ばかりやらされて、友達と遊びに行くこともできない状況に苛立っていた。だから。
――両親がいない時にこっそり子猫を段ボールに入れて、学校近くの路地裏に置いてきた。誰かが拾ってくれるだろうって、そう思うことにして。
懐かないし躾も出来ない子猫に苛立っていたのは私だけではなかったのだろう。私が“子猫が逃げちゃった”と言えば、両親はあっさりそれを信じたし、探そうとはしなかった。――子猫を捨てた路地裏にはそれからずっと近づかず――意を決して半年後くらいに見たら、段ボールごとなくなっていたのである。
だからてっきり、誰かが拾って貰っていったのだろうと思っていたのだが。
――死んでいた?あの猫が?それで私を……恨んで呪ってる?
冗談じゃない、そう思った。
確かに動物を捨てるのはよくないこととされている。虐待と言われるかもしれない。でも、こっちにだって事情があるのだ。一匹世話するだけでも大変なのに、どこからか孕んで勝手に子猫を生んで。生まれた子猫は懐かなくて、世話おしてやっている自分達をひっかくわ威嚇するわで散々で。少しでも懐くそぶりをすれば、自分達だってもうちょっと頑張ってやろうという気になったというのに!
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