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「ん、どうかした?」
小首を傾げている尚紀を見上げた。
「今何考えてるのかなあってさ。葉なんか嬉しそうだから」
うんあのね、初デートのことを思い出してね、と言いかけた時、尚紀のコートがお日様に反射して金茶色に見えた。一瞬、無になる。無になってそれから――
「葉」
ピシリとした声で名前を呼ばれて慌てて背中に力を入れた。
「あ、うん、何?」
さっきまでと同じ声音、視線のはずなのに、尚紀が目を逸らしてデジャヴを感じる。目の前にはすっかり葉を落とした銀杏の木が糸杉のように連なっていた。黙っている尚紀の横に突っ立って冬の並木を見やる。
「葉さ」
ようやく聞こえてきた声が嬉しくて笑顔で見上げた。でもその先にはこのところ見かけるようになった表情しかなく、心の中で溜息をつく。まただ。また。一体何を失敗したんだろう、私は。
「がっかりするなよ」
苛立ちを含んだ言葉に驚いて、とっさに言い返してしまった。
「がっかりしているのはそっちでしょ」
「は?」
「このところずっとそうじゃない。どうしたの? 私、何かした?」
さっきまで、ほんのちょっと前まで、出会った時のことを思い出して身体がぽっと温かくなっていたのに。尚紀と居られて良かったって、うきうきわくわくどきどきだなって思っていたのに。
「……いや、ごめん」
またデジャヴ。伏し目がちのまま、手が差し伸べられる。
「あ、ううん、こっちこそ何か変なこと言っちゃって」
かさりとした手を握る。
少し冷たい手のひらが素っ気なく感じられて、ただ繋いだ。力も思いも何も込めずに。
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