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~ 東 京 ~
ピアノコンクール本選の日。ピアノはスタインウェイのD274。史上最高のコンサートグランドピアノ。こんな広大なホールで、こんなすごいピアノを弾けるなんて、私は生きていて幸せだと思った。
「光莉さん、ドレス似合ってるね。とっても素敵」
控室で東雲君が言った。
「ありがとう。ヤなおばさんだと思っていたけど、理事長ってホントはいい人ね。ドレスを買ってくれるなんてさ」
「理事長は光莉さんのこと気に入ったんだよ。良かった」
「は?」
「さ、もうじき出番だよ」
私は深呼吸をした。
「次はS県、私立無厳坂高等学校 月島光莉さんの演奏です」
ステージの袖から出て歩いてゆき、ピアノの傍らで観客の方を向いて礼をして、私はピアノ椅子に座った。
そして私はピアノを弾き始めた。
第1楽章は、静かな調べに幻想的な思いをのせる。静かに静かに弾いた。
第2楽章。静けさと情熱の間。音符が華やかに踊る束の間の瞬間。そして怒涛の第3楽章へ。
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
『 月 光 』
全身全霊を込めて音を造り出してゆく。ピアノと一体となった私の体から、私の知らない新しい音が次々と溢れ出す。全ての想念、感情に私は満たされる。最後の和音を弾き切ったとき、私は正気に戻った。
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