愛の夢

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         -8-  表彰式が終わり、私は制服のまま雑踏に紛れ込んだ。そして応援に来てくれた理事長と東雲(しののめ)君、それに部員候補生たちと合流した。 「予選通過おめでとう!」  東雲君が私に言った。 「ありがとう!」 「次は東京の本選だね。光莉(ひかり)さん」  東雲君が初めて私を名前で呼んだ。  理事長は迎えに来た送迎車で帰っていった。残された私たち生徒はバスで高校に戻った。女子たちは終始東雲君にまとわりついていた。東雲君はモテて当然だった。美形(イケメン)で知的で優しくて、きっと家もお金持ちなんだろうと思った。  私たち生徒は一度高校に戻ってから解散した。私はわき目も降らずに音楽室へと向かった。東雲君は女子たちを振り払って私について来た。二人で音楽室に近づくとピアノの音が聞こえた。 「誰かがスタインウェイを弾いてる・・・」  私は声をひそめて東雲君に言った。 「きっと理事長だよ。よくラフマニノフを弾く」         東雲君が静かに音楽室のドアを開けた。中でピアノを弾いている理事長の後ろ姿が見えた。私は東雲君と一緒に音楽室に入った。理事長のピアノを弾く手が止まった。そして振り返った。 「ごめんなさい。演奏の邪魔をして・・・」  私は思わず言った。 「あなたは熱心ね。練習に来たんでしょう?」 「はい。練習というよりは、ただピアノが弾きたかっただけなんですけど。あ、もちろん電子ピアノですよ」 「あなたに言いたいことがあるの」  理事長が東雲君を一瞥してから私に言った。何を言われるんだろう。私は緊張した。 「なんですか?」 「今日から本選までは、これで練習しなさい」  理事長がスタインウェイを指した。 「え?」 「これは命令よ」 「わあ、ありがとうございますっ!」 「よかったね、光莉さん」 「その代わりハードルを上げます。本選で|最優秀賞を取ること。それが新しい条件よ」 「はい!」  私は何も考えずにそう答えた。理事長はすっと立ち上がると音楽室から出て行った。  私はすぐにスタインウェイの椅子に座った。 「これで鬼に金棒だね」  東雲君が言った。 「うん!」  私はパッヘルベルの『カノン』を弾き始めた。いつまでも続く旋律の中で、東雲君はずっと私のそばにいた。窓の外の景色が夕陽でオレンジ色に染まった。    
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