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忘れるくらい何年も前のお見合いの前日。
俺は仕事から帰って、まず、ゆっくり風呂に入り、湯上がりに冷蔵庫を開けた。
明日に備えてアルコールは控え、りんごジュースを選ぶ。
俺はトランクス一枚で食卓テーブルの椅子に腰掛けて、りんごジュースを飲んでいた。
どうってことない、りんごジュースだが風呂上がりの冷えた飲み物は何でも美味い。
すると、障子で隔てられた茶の間から、父と母とが話す声が聞こえる。
『このお嬢さん。頭が良過ぎるな。こんな才女と結婚したら、アイツは永遠に尻に敷かれるだろう・・・あははは』
父は何が楽しいのか大笑いしている。
『令草も紙一重ですから。案外、いい勝負じゃないかしら。お嬢さんが馬なら、令草は鹿でしょう。2人そろえば楽しくなるはずよ』
母こそ紙一重で下の方じゃないのか?!
何言ってんのか全然わからん。
すると父は、妙に暗い口調で声を震わせて言った。
『それにしても明日、本当に出て来るだろうか?必ず出るとは限らないんだろ?』
母は、あっけらかんと答える。
『出ますよ、だって明日は49日だって聞いてますから。若いのに気の毒よね〜。しかも、オープンカー運転しててダンプカーに真正面から突っ込まれたってから・・・顔も身体もめちゃくちゃだったらしいわ。驚くでしょうね、あの子。うふふふふ!泣きだすかしら。あははは!想像したらワクワクしてきたわ』
父は声をひそめてコソコソつぶやく。
『プロ級に趣味悪いなぁ、おまえ。四十年前に気づいてたら、おまえとなんか結婚してなかったろうに。まあ、今さら、そんなこと言っても仕方ないけどよぅ』
母は相変わらず楽しそうに答える。
『ぬらりひょんのくせに!まともな人間と結婚できる訳ないでしょ』
『るっせぃわ!黙れ、砂かけババア』
何だって?!
じゃあ俺は、ぬらりひょんと砂かけババアの間に生まれた妖怪だってのか?
しかも明日のお見合い相手は顔面も全身も、めっちゃくちゃの49日前に死んだ女?!
うげぇ〜〜〜
どういうこっちゃ?!
『まあ、あまり気の進まぬ話だが、元水木先生から頼まれた話だからなぁ〜』
父は神妙に、そうつぶやく。
『あら、あなたが気が進まないなら、男らしくズバッと断ればいいじゃありませんか。なんなら私が今からでも断って来ましょうか?』
母はカラッとしている。
『いやいや。わざわざ断って来なくても、会えば間違いなく、アイツは断られるから・・大丈夫だ』
なぜ父には、その確信があるんだ?
腹立つわ!
かと言って気に入られても困るが!
『もしも、お嬢さんが令草を気に入ったら、どうします? あなたが持ち出した話なんですから、あなたに断る権利はありませんわよ。オホホホホ・・』
人ごとだと思って、好き勝手なこと言いやがって!
さて、次の日。
いよいよお見合いの時刻になったが、相手は現れない。
「遅い! もう約束の時間を過ぎてるぞ」
俺は時計を見て大声で叫んだ。
その時だった。
『ごめんなさい。見えませんか?私はとっくにここにおりますが』
見合い相手が座る予定の座布団が微かに動き、か細い女の声が聞こえた。
「居たの?」
了
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