1:焚書

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1:焚書

 殺気!! 「部長、なんですか? 目が怖いです・・・」  部長の目にみるみる涙が溢れ出ると泣き崩れてしまった。 「私の、ともじ君が・・・・ あおいさんが・・・・ 龍之介くんが・・・・」  お気に入りのBLのキャラクターの名前を呼んでいる・・・・、いつもの病気が始まったのか? 普通に考えてキャラクターたちは部長なんて眼中にないのだよ。毎度まいど同じネタで泣き崩れても、次のページをめくれば、復活するからさっさと先を読み進めば良いのにと思うけど、ここはひとつ・・・、 「部長の彼氏たちに男でもできたんですか?」 「だまれ! そんな、そんな事じゃない。私の、ともじ君が・・・・ あおいさんが・・・・ 龍之介くんが・・・・」  これってもしかして、千載一遇のチャンスかも。日頃の傍若無人に神の裁きを下す時がきた。 「ひょっとして、部長の彼氏たち消えてなくなってしまった?」  泣き崩れていた部長の動きが止まった。やおら振り向くと真っ直ぐ睨みつけてくる。ヤバイ、殺される。 「冗談ですよ。部長の愛をいつも応援しているじゃないですか・・・・」 「そうか、やっぱりお前か。私のともじ君を消し去ったのはお前か! 私のあおいさんを消し去ったのはお前か!! 私の龍之介くんを消し去ったのはお前か!!!」  部室の隅に追い詰められる・・・僕。ダメだ、このままではホントに殺される。 「どうやって、部長のスマホから彼氏を削除できるんですかぁ? 肌身離さずスマホを持っているじゃないですかぁ?」  部長の動きが止まった。今がチャンス。もうひと押し。 「放課後まで顔合わせていない僕に、何をされたと言うんですかぁ?」  部長の目つきが普通になった。疑いは晴れたらしい・・・。 「ピンクなんて可愛いですね。それにしても、ゆるくないですか?」 「どこ見てるの!」  グーパンチが飛んできた。 「痛いですぅ だから三次元なんか嫌いですぅ」  部長の怒りは収まったみたいだった。 「それで、どうやって元に戻すの?」  まだ、僕がやったと思っているのか? なんとかしないとグーパンチが飛んでくるかも。 「えーと、その前に確認したいのですが、部長の彼氏たちと昨日の夜は一緒だったんですね?」  部長の顔がピンク色に染まった。 「夜に一緒だなんて、そんな恥ずかしい事を学校で言えるはずないじゃない」  そんなモジモジしたってどうせ相手にされていないし・・・・、と口が裂けても言ってはいけない。ここは冷静に話を進めなければ。 「あー、つまりスマホにはあったのですね?」  こくりと頷く部長は、妄想の世界にいってしまった。 「それで、お昼休みは?」  部長が涙目で訴えてくる。 「そこで、逃げ・・ なくなっている事に気がついたと?」  部長はこくりと頷いた。危ない危ない・・・、気づいていないようだ。 「お昼休みまでに何か・・・、あったのですね」 「休み時間は大丈夫だったの。体育の授業も温かく見送ってくれたわ」 「まわりはどうでした? 例えば、恋のライバルたちは?」  部長に何かのスイッチが入ったようだ。 「日本史の時に、泣いてるのがいた」 「その人は、その後どうなりました?」 「早退した」 「他の人は?」 「スマホを握りしめたまま動かないのがいた」 「と、言う事は、部長以外にも逃げられたのがいた?」  グーパンチが飛んできた。 「痛いですぅ。失踪した彼氏を探すのを手伝っているのに・・・」 「ごめん、ごめん。言葉の端端に悪意を感じたから」  どうやら、午前中に次々と削除されていったようだ。 「ところで部長、BL以外の本はどうなっています?」  部長はスマホのアプリを開いて、電子コミックを確認している。指の動きから百冊ぐらいはあるみたいだ。 「あった。異能者もある。ホラーもある。異世界もある。なくなったのはBLだけ・・・・」 「更新ボタン押したら、出てくるのでは?」  真剣な眼差しで、一つ一つの手順を確かめるように画面をタップしている。そして、スワイプして最後のページまで辿り着いたようだ。 「ない・・・・」  涙目で訴えられても、どうしようもない。 「仕方がないですよ。有害図書だから・・・」  言い終わる前に、グーパンチが飛んできた。 「ほんと、痛いですぅ。そんなんだからリアルで相手にされないですよ。知ってますよ、去年のバレンタインで玉砕してたの。その後、自転車の空気抜いていたでしょ」  部長が固まった。なんで知っているの? なんて顔をしているけど、部室であれだけ騒げば記憶に刻まれるでしょうに。 「あ!! 昼休みに更新ボタン押した」 「それですね。サイトの方で削除されたんでしょ」 「でも、なんで・・・・ あんたの百合子ちゃんは?」 「そんなものと一緒にしないで下さい。僕のやちよさん・・・、ほら」  僕のスマホを取り上げると、別の作品も開いていたり、更新ボタンを押したりした。 「なんで、消えないの!」 「美しいものが世の中からなくなるはずがないでしょ。返してください」  部長は、スマホをいきなり振り始めた。 「そんな事をしたって消えませんよ。返してください」 「ちょっと待て、この飛行機のマークはなんだ?」 「あ、それですか。機内モードですよ。バッテリーの節約になりますよ」 「え? 通信できないやつか。あんたには友だちいないのかね?」 「僕には、やちよさんがいますから」  部長が満面の笑みを浮かべた。まずい! 「部長、ほんとダメです。返してください」  部長は、すかざす機内モードを解除すると、更新ボタンを押した。すると、スマホを投げ返した。 「あ・・・・、僕のやちよさんが・・・・」  愛おしい、僕のやちよさんが・・・・一冊残らず消えている。  スマホをみると、プッシュ通知が入ってきた。  “ 昨年から活発なロビー活動を繰り広げていた『未成年を有害図書から守る会』が声明を出しました。「私たちの思いを理解して、国内の運営サイトが英断されました。これで、子どもたちの健全な環境を守る事が出来ます」 ”
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