4人が本棚に入れています
本棚に追加
3:ここは天国? はたまた地獄?
待ちに待った部活の時間。こんな文芸部のあんな部長のところで、百合の世界の中で生活ができる日がくるなんて思ってもみなかった。日頃の苦難が報われる日が来るなんて、耐え忍んだ甲斐があったとは。
ん? この背中に感じる冷気は・・・・。
今日も部室のカギを開けるのは、僕だ。でも、なんでカギの係なんだろう。他の部活は部長がカギを持っていると言うし・・・・、遅刻が許されない状況に追い込まれているような気もする。あの部長ならやりかねないところが怖い。それはさておき、プロットを進めなくては。
!
入り口近くの席にさゆりさんが座っている。いつのまに部室に入ったのか、まさか最初からだなんて部長のような事を言ったりして。それにしても、この張り詰めた空気は一体何なんだ。BLを描き進めているように見えるのに、睨みつけられているような感じがするし、少しでも動いたら警察呼ぶぞ的な圧を凄く感じる・・・・、まるで僕が性犯罪者みたいだ。
パット見は清楚で男子の間でも人気が出そうなのに、どこのクラスなのか見当がつかない。それほど影が薄いのか? でも、この空気感なら学校で知らない者はいないだけの存在感がでると思うけどそう言う話も聞かなかったし。部長がいる時は、もう地球上には二人しか生き残っていないかのように世界を作っているし、部長に向かって「ダメですよ」なんて言っているし、僕がそんな事を言ったらボコにされてしまう。そんな事より、この雰囲気を何とかしたい。息苦しくて窒息しそうだ。
と言っても、齣割りによっては台詞の調整が必要かなと思っている所があるから、意見を聞いてみたいけど、話しかけた瞬間に通報されるのは嫌だし、プロットが遅れて部長から・・・・、ダメだ。それだけは避けなければ・・・・、
「あの・・・・」
「だまれ!」
え・・・・、
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
まさかの絵に描いたような完璧なツンデレ。これでは相談もなにもできない。もう一度、訊く勇気なんてない。どうしよう。
とりあえず、そこは後回しにして書き進めていくしかない。こんな状況から逃げ出したい。
「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ・・・・」
「どうした? なにから逃げたいのかな?」
「ぶ、部長!! いつから入らしたんですか・・・・」
「最初からだ」
膝が震えている・・・・、そんなはずはない。部室のカギを開けたのは僕だ。でも、さゆりさんがいるのにも気づかなかった。まさかひょっとして・・・・、膝の震えがますます酷くなっていく。
「さゆり、どう? 進んでいるかな?」
もう、部長が隣に座っている。
「はい、お姉さま」
「大丈夫だった?」
さゆりさんの一瞬の躊躇に僕が気づく前に、部長が横に立っていた。
「なにをした? 死んで謝るなら今のうちだよ」
部長が耳元で囁いた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
部長のグーパンチの嵐の向こうに、さゆりさんの笑みが見えた・・・・。
「何か質問が、お在りのようでした・・・」
部長の手が止まった。
「つまらない質問ではないよね?」
高圧に押しつぶされそう。
「いえ、その・・・、齣割によっては台詞を見直した方が良いかなって、ちょっと思ったりしたので。いえ大丈夫です」
グーパンチが飛んできた。
「作品作りで妥協は許さない。どこの部分だ」
部長に説明すると、一から十まで説明させられた。
「なるほど」
部長はプロットを持ってさゆりさんの横で説明を始めると、断片的に「ダメです」・・・「ここでなくても」とか、説明した内容とほど遠い言葉が漏れ聞こえてきた。
さっきまでの張り詰めた空気は消え、夏のじわりと汗ばむ空気になっていた。プロットを考えている振りをしながら、一言一句を真剣に書き写していた。これこそ、事実は小説より美しい・・・、ちょっと違うかも。
トン トン・・・、誰かがドアをノックしている。
一瞬にして、部室の空気に変わった。まるで舞台セットのように。
「あの・・・、入部希望なんですけど」
と、女子が二人入ってきた。不敵な笑みを浮かべる部長。すがるような二人。こわばるさゆりさん。
部長は入部届をすっと、渡した。
お互いに見合わせるとサインをした。
用紙は受け取った部長は、
「きみたちの、入部を認める」
安堵が広がる二人に釘を刺すように、
「文芸部の活動内容って知っているよね?」
二人とも手が震えていた。クラスバッチを見ると部長と同じクラス。部長の性格を分かった上で入部したいとは、やはりBLが目当てか?
「うちは、創作活動がメインの部活だよ。勿論、創作の為にはインプットも必要だけど」
部長が創作している姿もインプットしている姿も見た事がない・・・・。あ、インプットはしている。でも、創作のためなのか?
「創作はこれからですけど、創作を支える事はできると思います」
と、お菓子の包みを差し出した。
「さゆり、どう?」
さゆりさんは、俯いたまま一つ摘まむとゆっくりと食べた。
「はい、お姉さま」
それ以上は何も言わなかったが、入部に反対しているのは伝わってきた。さゆりさんに賛成する理由がないのは、普段を見ていれば良く分かる。彼女にすれば僕も辞めさせたくて仕方がないのだろうけど、プロットを書いている限り部長が手放さない・・・・。さゆりさんはそれを一番分かっていた。
最初のコメントを投稿しよう!