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「たたたたた大変だよぉ~~~~~!!」
「ふえぇ、どうしたんですかぁ」
慌てた咲耶が、シノビマートの売り場の隅にシャオランを引っ張っていく。
「ネムが、スランプになっちゃった!!!」
咲耶は声を潜めているが、息が荒く、眉根にしわが寄っている。
「スランプって、どういうことですかぁ? 私たち、落ちこぼれ忍者だから、スランプじゃなくてもいつもダメダメですけどぉ」
「動植綵絵が使えなくなっちゃったって…」
「えぇっ、なんで?! ネムさんが一番得意としてる忍術なのに」
咲耶は制服のポケットからケータイ端末を取り出し、シャオランにニンニューブのコメント欄を見せる。
そこには、ネムのチャンネルを荒らす、心ないアンチコメントの嵐。
【作画崩壊】
【刀も手裏剣もダメで、絵も下手なニンジャに価値なし】
【迫力が無い】
【ニンジャも絵師も中途半端】
【配信なんかしないで修行しろ】
【こんな忍術しか使えないなんて、甲賀も質が落ちたものだ】
コメント欄をスクロールすればするほど出てくるアンチコメント。
正義感が強い咲耶が持つケータイ端末は、小刻みに震えている。
「ネムを追い詰めたアンチはどこのどいつかしら。私がこらしめてやる」
義憤で先走る咲耶を、シャオランがそっとたしなめる。
「確かに過激なコメントですけど、ネムがこんなアンチの言うことを真に受けるとは思えません」
咲耶とシャオランが何の手も打てずにいると、バックヤードの扉が開く。ネムとコンガ師匠が、店内の咲耶とシャオランの元にやってくる。
「修行の邪魔をしちゃってごめんね。でも私は全然大丈夫だから! 気にしないで」
二人に声をかけるネムは、無理に笑っているようだった。
「こんなコメント、気にすること無いですよ~! ネムの動植綵絵はカッコいいんですから」
「いや、あたしの力不足がいけないんだ。アンチコメントの方が、正論をついている」
いつもクールでマイペースなネムが、痛々しいほどに憔悴した姿を見て、咲耶とシャオランはいたたまれない気持ちになった。
「私がアンチユーザーを片っ端から追い出してやる。私たちの配信に文句がある奴らは、動画を見ないでくださいって、はっきり一定遣るよ。敵討ちよ!」
鼻息荒く憤る咲耶に、コンガ師匠が冷静に突っ込みを入れる。
「相手は匿名ユーザーだし。深追いするだけ無駄だ」
コンガ師匠は、普段は忍者である素性を隠しコンビニ店長としてシノビマートで働きながら、この問題児たちの教育と更生をする立場にある。優しく教育熱心な一面と、問題児を見放さない責任感の強さを持ち合わせた、いいゴリラだ。
「だいたい、いつも「忍べ」って言ってるじゃないか。今回だって、忍術を配信しなければ、アンチだって来なかったはずだ」
コンガ師匠に正論で説教される三人娘は、一様に視線を床に落とす。
「忍者が忍術を配信するのは、自分の手の内を見せることと同じだと、いつも言ってるだろう。おまえたちのフォロワーだって、何割かは伊賀や風魔などの他クランの忍者だ。おまえたちに甲賀の忍術を教えたら、そのまま他クランに筒抜けになってしまう。こんなリスクを負った見習い忍者に、忍術を教えられないのは当然だろう。だから、おまえたちは他の忍者と比べて、使える術も少なく、術の成功率も低いままの落ちこぼれなんだ」
コンガ師匠の説教はいつもより饒舌だ。
「これに懲りたら、配信をやめるんだな。少なくとも、一度チャンネルを休止すべきた」
熱が入り出したコンガ師匠の説教を、ネムがさえぎる。
「あたし、配信やめませんよ」
ネムの発言に、「えっ、俺の話聞いてた?!」と絶句するコンガ師匠。
咲耶とシャオランも息をのむ。
「コンガ師匠の言い分は違います。だって、コンガ師匠は、あたしが動植綵絵を使っている動画を見ても、動植綵絵を使えるようにはならないでしょう?」
コンガ師匠の得意技はこぶしを使った力業だ。パワーとスタミナの忍術を得意とするゴリラの忍術と、大胆な想像力と繊細な神経を要するネムの忍術では、適性が違いすぎる。
「それはそうだが、甲賀の手の内が・・・」
「手の内を晒しても、真似できないほどの高みにいけばいいのよ」
コンガ師匠の発言を遮るネムの目が据わっている。
女子高生らしからぬ、一人の絵師、一人のクリエイターとしての覚悟が宿った、強く熱い眼差し。
「そういうわけで、今日の修行はお休させてください」
ネムは軽く頭を下げ、シノビマートを去った。
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