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第22章 幸運の兆し
咲森は大友と別れるとそのままホテルに戻り、渡された系図をじっくり眺めた。そこには確かに自分の名前があった。その名前がトキの系図に書かれてあるということは自分がトキの親族に間違いないということだった。咲森は改めて感慨深い思いが込み上げて来るのを感じていた。
咲森の母は旧姓須藤といった。須藤タミ、その名前もその系図にはあった。タミは咲森の父である咲森徹と結婚をしていた。須藤タミの父は須藤溢蔵といった。咲森はその系図を見て、初めて祖父の名前を知った。溢蔵はトキの元夫だった。トキと離婚をして、娘のタミを引き取ったのだった。
一方、トキには龍一という息子がいた。この人物がトキと溢蔵の長男であり、渡部家を継いだのだった。溢蔵は渡部家に婿養子に入ったことも、その系図からはわかった。離婚する時に名字を元の須藤に変えて、長女のタミを連れて出たのだということもわかった。
(トキが遺言に託したあのなぞなぞ。あれは別れ別れになった自分の娘の名前が答えだろうか?)
咲森はふと、そう思った。
(すると答えは、須藤タミ?)
(或いは渡部タミだろうか)
しかし咲森はそれが人、貝とどう繋がるのかはわからなかった。咲森は更にその家系図を目で追った。すると咲森ともう一人、正統な相続人であった渡部淳は、渡部龍一の長男だった。咲森と渡部淳はその両親が兄妹なのだから従兄弟だというである。咲森は自分に初めて従兄弟という存在がいることを知って、急に彼に親近感を覚えた。その系図によると、トキの両親は渡部兵庫と渡部ミズであった。渡部ミズは旧姓を佐藤ということもその系図からはわかった。そしてその佐藤家には軍司という長男と、養子になった久伊という名前があった。
咲森は字を見るのが苦手だった。そのせいか頭が痛くなって来たので、一旦それを閉じてベッドに横になった。そしてそのまま少し寝てしまったらしかった。それがベッドの脇に置かれた電話の音で目が覚めた。
「はい」
咲森はその部屋の番号が何番だったか、とっさに思い出せなくて、ただ、はいとだけ言った。
「咲森さんですか?」
「はい」
「私がわかりますか?」
「ええと」
「平野です」
「え! 平野さん?」
「実はね、大事なことをお伝えしようと思いまして」
「大事なこと?」
咲森はどうして平野が自分に電話など掛けて来たのかと思ったが、大事なことと言われて、そちらの方が気になってしまった。
「なぞなぞの件です」
「なぞなぞ?」
「ええ」
「でもあなたはこの相続から手を引いたとか」
「もう咲森さんの耳にも?」
「ええ、東京へ戻ったのはそういうことだと」
「地獄耳ですね」
「そういうわけではありませんが」
「実は私のところに波間さんが訪ねて来たんですよ」
「波間さんが?」
「ええ」
咲森は寝起きのせいか、話について行けないでいた。
「波間さんは川本という人から聞いた話を持って私を訪ねて来たのですがね」
「川本?」
咲森はそれは誰のことかと思った。
「なんでもヘルパーをやってるとかで」
「はあ」
咲森はますます話が見えなくなって行った。
「咲森さん、あなたに出されたなぞなぞは、実はあれだけでは正解は出来ないんです」
「それは、どういう意味ですか?」
「あのなぞなぞにはいくつかヒントがあったんです」
「ヒント? はい、ありました」
「いくつありましたか?」
「1つです」
「やっぱり」
「やっぱりって?」
「ヒントは1つだけじゃなかったんです」
「え」
「波間さんの話だと、その川本という男がそのヒントを抜いてしまったらしいんですよ。あなたの手紙から」
「ほんとですか?」
「はい」
「どうしてそれを?」
「波間さんが川本本人から聞いたらしいんです」
「え?」
咲森は段々と頭が起きて来た。しかしいま一歩、平野の話が飲み込めないでいた。
「川本が波間さんに分け前をくれないかと話して来たそうです」
「はあ」
「私は相続レースから既に降りています。ですから白羽の矢が波間さんに立ったのでしょうね」
「はあ」
「川本はよくトキさんのところに通ってたらしいですよ。介護が必要になったらいつでも言ってくださいねみたいな感じで」
「なるほど」
「そこで手紙の投函でも頼まれたのでしょう。まあ、トキさんにいいようにあしらわれていたのだと思います」
「あ、その手紙になぞなぞが!」
「はい、おそらく。それでそれを川本が開封して、そこからなぞなぞのヒントを抜いたらしいのです」
「すると」
「多分、多分ですが渡部淳さんの方はそのヒントを抜いてはいないのでしょう。トキさんと親交がありましたから、そんなことをしたらばれると思って。でも咲森さんは東京の人だし、ばれないと思って抜いたのだと思います」
「じゃあ私に来たなぞなぞは渡部さんとは違うものだということですね?」
「多分」
「でも、何故川本という人がそんなことを?」
「咲森さんが正解出来なければ、その分の遺産はどうなりますか?」
「あ!」
「分け前は渡部さんと波間さんに行きます。それで波間さんが増えた分を自分に、ということを言って来たらしいのです」
「え?」
咲森はまだ事態が飲み込めなかった。
「もし波間さんが相手にしなかったら、咲森さんにそのヒントを開示すると言ったらしいのです」
「ああ」
「私は元相続人の一人です。且つ今は第三者として、そういう不正は許せないと思いましてね」
「はあ」
「それで咲森さんにそのヒントをお伝えしようと思ったのです」
「あ、そういうことだったのですね。それは是非お願いします!」
「千の一」
「千の一?」
「やはり御存知ないですよね。それもヒントの一つです」
「コンマ1%という意味ですか?」
「さて、どうでしょうか」
「ヒントの1つだということは、他にもあるということですね?」
「ええ」
「是非お伺いしたいです。お礼ははずみますので」
「お礼なんていらないですよ」
「しかし」
「波間さんから見せて頂いた抜き取られた手紙のコピーを持ってます。口でお伝えするより、それをお渡した方が正確だと思います」
「頂けるんですか?」
「はい」
「ありがとうございます」
「私もこの不正を遺言執行者のなんて言ったかな……あの方に伝えないといけないと思うのでこの証拠を持ってそちらに伺います」
「こちらに来られるんですね」
「ええ。ですからその後にお会いするということで」
「はい。わかりました」
咲森は電話を切った後で急に希望が開けた気がした。やはりあのなぞなぞはあれだけのヒントでは解けなかったのだ。正直、あんななぞなぞが解けるわけがないと思っていた。しかし、平野からの思わぬ吉報で急に未来が開けて来た感じがした。しかも、こちらには渡部には無い系図があった。大友の系図と平野からのヒントを手にすれば絶対にあのなぞなぞは解けると思った。
(千の一?)
その時咲森は先ほど電話で平野が言った言葉を急に思い出した。
(それって)
咲森はそれで約千人の人物が書かれてあった系図を思い出した。
(あ!)
それは系図を見ろということではないかと思ったのだった。それで咲森は眠い目をこすって系図を再び開いた。するとまっさきに目に飛び込んで来たのは「佐藤壬生」という名前だった。そして次の瞬間、咲森が注目した文字は「壬」という字だった。それは千という字と一という字が組み合わさって出来ていたからだ。平野の言葉から閃いた千の一という言葉が何故かここでも重なったことに咲森は苦笑した。
(いくらなんでも遥か遠い先祖の名前にトキさんがこだわる意味がない)
佐藤壬生はトキの祖父だった。きっとトキが幼い時、この祖父に可愛がられたのだろうと思った。もしかするとトキの財産はこの祖父が築き上げたものかもしれないとも思った。だから、この祖父のことを知って感謝しろという意味で、こんななぞなぞを仕組んだのだと思った。
(これだ!)
咲森はその瞬間飛び跳ねたい衝動に駆り立てられた。トキのなぞなぞの答えは、その佐藤壬生に間違いないと直感したからである。しかも、その名前はその系図がなければ知り得ない名前だと大友が言っていた。つまり渡部には答えられないものだった。こうなれば平野の持っている手紙のコピーは必要ないかもしれないが、どうせタダだから念のために頂いておこうと思った。
第23章 届かなかった手紙
平野の手には川本がトキの手紙から抜いた便箋があった。そこにはこう書かれてあった。
「ヒントは次の三つでございます。
一、出るものは打たれる
二、千の一
三、恩があるということは、その方に借りたということである」
この便箋が咲森宛ての手紙からは抜かれていたのである。しかし、平野はこのヒントを見てもいったい何のことかは全くわからなかった。
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