木製の杭(影山飛鳥シリーズ02)

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第24章 渡部と影山 渡部は既にトキのなぞなぞには白旗を挙げていた。そこで影山に任せっきりになっていた。二人はトキの友人の前島という老婆を訪ねた後、役場に行ってトキの戸籍を根こそぎ集める作業をした。渡部にはそれがどういう意味があるのかわからなかったが、探偵がしたいようにさせていたのだった。 「渡部さんはトキさんの直系の子孫だからトキさんは元より、その先祖をずっと遡って取得することが出来るんですよ」 「はあ」 「そうやってとにかくトキさんに繋がる人全部の名前を収集するんです」 「しかし、それはどういう理由でなんですか?」 「なぞなぞは人物の名前を言い当てるものでしたね?」 「はい」 「トキさんの友人関係は渡部さんの話だとかなり希薄だったと」 「ええ、私もあの前島さんくらいしか思い当たりませんし」 「だとすれば、その人物は親族の中にしか考えられないと思うのです」 「はい」 「それでとにかくその候補者を出来る限り知りたいのです」 「なるほど」 「しかし」 「しかし?」 「いまこうして取得し終わると、たいして収集出来なかったことがわかりました」 「これだけ取ってもまだ不十分だと?」 「ええ」 「確か係の人は保存年限がどうだとか」 「はい。除籍になった戸籍は80年経つと破棄されてしまったのです。それが最近150年に延長されましたが、80年で破棄されたものはもう復活はしませし」 「そうなんですね」 「ですから今手元にある戸籍はトキさんの両親までです。これだけで良いものなのか」 「良いとは?」 「この中になぞなぞの答えの人がいるかどうかです」 「あ、はい」 「戸籍には残ってなくても、トキさんの記憶の中に、トキさんの祖父母とか更には曽祖父母の記憶があったとしたら、その方が答えだということも十分考えられるからです」 「確かに」 「渡部さん」 「はい」 「何か家系図みたいなものはありませんか?」 「家系図?」 「はい。渡部家に伝わる系図があれば、と思ったのですが」 「私が知る限りではないですね。見たことがありませんので」 「そうですか、残念です」 「もしその家系図があったら?」 「あったら大きく答えに前進すると思います」 「そうなんですね」 「ええ」  渡部は町の歴史資料館などに、もしかしたらそれがあるのではないかと思った。と言うのも知人の家の家系図がその歴史資料館に寄贈されているのを見たことがあったからだった。 「影山さん」 「はい」 「町の歴史資料館に、もしかしたらあるかもしれません」 「ほんとですか?」 「確信はないのですが、友達の家の家系図がそこに展示されているのを見たことがあるので」 「なるほど。渡部さんの家も名士ですからね」 「うちが名士かどうかは別として、ダメもとで行ってみませんか?」 「わかりました」 第25章 歴史資料館  歴史資料館は渡部の自宅から車で20分くらいの場所にあった。そこにはその町の歴史に関することがありとあらゆる分野に分かれて展示されていた。二人は町の振興に貢献した人物を紹介しているコーナーへと向かった。 「これが友人の金森先輩の家の系図です」  壁には金森なにがしという人物の写真が大きく掲げられ、その下のガラスケースの中に金森家系図と筆で書かれた冊子が置かれてあった。 「これですね」 「はい」  しかし影山は、もしこのように渡部家の家系図が展示されてあったとしても、それを直接手にとって見ることが出来るのだろうかと思った。 「他にも家系図が展示されているのでしょうか」 「ここに来たのは昔に一度だけだったので」 「わかりました。では探してみましょう」 「はい」  館内は薄暗く、展示されているものに書かれた文字がよく読みとれなかった。もしかしたら渡部家の系図かもしれないという薄汚れた展示物もあったが、その確信が持てなかったので仕方なく二人はそこの職員に尋ねてみることにした。 「あ、渡部さん、こんにちは」 「あ、木藤さん」  どうやら二人は顔見知りらしかった。 「珍しいですね、渡部さんがこんなところに来られるなんて」 「はあ」 「今日はいったいどんな風の吹きまわしですか?」 「実は、うちの系図なんですが」 「系図?」 「あそこに金森さんの系図が展示してあるじゃないですか」 「はい」 「それでうちのもないかなと」  渡部がそう言い終わると、木藤という職員は急に笑い出した。 「どうしてそんなものに急に興味を?」 「いえ」  渡部はそう言って頭を掻いた。 「渡部さんがそんなものに関心があったなんて初めて知りましたよ」  影山はそれで渡部がこのなぞなぞにまるで力を貸してくれない理由を知った。貸したくても貸せないというのが本当の理由だったのだ。 「渡部さんの家柄でしたら、うちの資料館で展示する資格はあります」  渡部がその言葉に恥ずかしそうな顔をした。しかし、それを横目にその木藤が話を続けた。 「ですから以前、系図を貸して欲しいとトキさんにお願いしたことがあるんですよ」 「え! あるんですか?」  影山は木藤のその言葉に強く反応した。すると木藤は影山の方を向いて話を続けた。 「トキさんはないとおっしゃいました」 「あ、ないんですね」  渡部はその展開に急に肩を落とした。 「ええ、トキさんはないとおっしゃったので恐らくないんだなと」 「じゃあ影山さん、帰りましょうか。時間もないですし」  なぞなぞの期限は明後日に迫っていた。 「木藤さん」  しかし影山は何かが気になるらしく、まだ木藤と向かい合って話を続けていた。 「渡部さんの家柄なら、系図があって当たり前だと思われたのですね?」  木藤は影山のその質問が意外だという顔をした。 「あ、はい」 「でも、なかった」 「はい」 「不思議でしたか?」 「はい」 「何故?」 「あのようなおうちの系図は権威や威厳を示すものとして存在するからです」 「なるほど。でも存在しなかった」 「はい」 「どう思いました?」 「ないんだなあと」 「そうではなくて、どうしてないんだと思われましたか?」 「ないものは仕方ないですから、どう思ったと言われましても」 「では質問を変えますが、そういう家柄の家に系図がないのはどうしてだと思いましたか?」 「え?」 「そういう家柄でなくても、系図を残さない家とはどんなことが考えられますか?」 「そうですね、残したくない何かがあるとか」 「残したくない何か、ですか」 「でも系図、あったんですよ」 「あった?」 「はい。実はこの町に系図研究会とか何とかいう集まりがありまして、そこでトキさんの、と言うか渡部家の系図を確か平安時代まで遡ったものを作った人がいたんですよ」 「あったんですか!」 「はい。ただトキさんはそれを訝しげに思ってたようで、どうにか処分してくれと頼んでいたようです。でもそこのご主人がこれは学術的にも貴重だからと言い張って、つまりトキさん個人のものではなく町の財産だとか言いたかったのでしょうね」 「それで?」 「それで決して手放さなかったようです。最初はそれを他人に見せていたようですが、あんまりトキさんが処分しろと言って来るので、それは御主人にではなく、その奥さんに文句を言ってたようですが、奥さんから御主人にかなりきつく言ったようです。それでその後一切その系図を公開しなくなったようです。ですからうちでもそれを預かることが出来なかったのです。うちで預かってしまったら、みんなに見られてしまいますからね」 「そのお宅とは?」 「系図を作った人ですか?」 「ええ」 「本町の吉野さんです」 「まだ存命ですか?」 「御主人は亡くなられましたが、奥さんは存命です」  影山はそこまで聞くと、渡部の方を向いて、そのうちを知ってるかと聞いた。それに渡部が知ってると答えると今からそこへ向かうと言った。 第26章 系図の行方  吉野宅に到着した影山と渡部は、早速トキの系図の話を始めた。老婆は突然の来客にも関わらず落ち着いてそれに応対した。 「いきなりすみません。トキさんの系図がこちらにあると伺ったので」 「まあ、どなたからそれを?」 「資料館の木藤さんからです」 「ああ、木藤さんね。あの方、それを貸して欲しいと、結構うちに通われたのですが、申し訳ないけど人様に見られるようなところへは出したくないとお断りしたの」 「はい、それは伺ってます。それでそれは今もこちらにあるんですよね?」 「あるというか、ありました」 「あった?」 「はい。最近まではありましたが」 「なくなったのですか?」 「はい」 「どうして?」 「夫が他界した時に一緒に燃やしました」 「え!」 「ですからもうありません」 「そんな」 「すみません」  影山はせっかくここまで来てそれが最近燃やされてしまったことに大きく落胆した。 「何かコピーとかは取ってませんか」 「いいえ」 「御主人のメモとかは?」 「何も」 「全く何も記録されていないのですか?」 「はい。全て燃やしてしまいましたから」  影山は万事休す、と思った。二人が通された居間には系図を作った御主人の遺影が置かれてあった。影山はその写真を見て無念で仕方なかった。もし今もこの人が存命なら、きっとここに系図があったに違いないと思ったからだった。 「奥様はその系図に書かれていたことを覚えてはいませんか?」 「いいえ」 「どんな些細なことでも結構なのですが」 「いいえ」 「全く?」 「はい」  影山も自分の行いが未練たらしく思われた。しかし、それはどんな手掛かりでもいいから知りたいという気持ちが先に立っていたからだ。そろそろ日が落ちて来る時間だった。そうなると謎解きに残された時間は明日しかなくなってしまう。 「私ね」  するとその時その老婆が急にしゃべりだした。 「私、憎かったの」 「憎い?」 「ええ、あの系図が憎かったの」 「どうしてですか?」 「主人はあればっかりに夢中になっていたし」 「そうなんですね」 「トキさんからあれを捨ててくれと本当に何度も言われたの」 「はい」 「でも主人は頑なにそれを処分しようとしなかったの」 「そうなんですか?」 「ええ、だから主人が亡くなった時に一緒に処分してしまったの。そうしたら肩の荷が急に軽くなった気がして。だからもうその話はしたくないの。ごめんなさいね」  影山はそこまで話を聞くと肩で大きく息を吸うと、お邪魔しましたと言った。 「渡部さん、手掛かりは結局掴めませんでしたが私はまだ諦めてはいませんから」  帰りの車の中で影山は渡部にそう言った。しかしそう言った後でそれが渡部には強がりのように聞こえたのではないかと気になった。だから渡部が何か一言でもいいからそれに応えてくれると嬉しいと思った。 「さっきの吉野さん」 「あ、はい」  しかし、渡部の口から出た言葉は意外だった。 「御主人の方ですが、トキの昔の恋人だったんですよ」 「ほんとですか?」 「噂ですけど」 「あ、噂ですか」 「でも男って、好きだった女性に関する物をずっと持っていたいという気持ちがないですか?」 「わかります。その人の手紙、写真、使っていた鉛筆……」 「奥さんは御主人のトキさんへの思いを知っていたんですね」 「それで御主人と一緒に燃やしてしまったのですね」
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