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第27章 期限前日
遂になぞなぞの回答期限まであと1日となった。影山と渡部は手持ちの戸籍とトキから届いた手紙を並べて、リビングのテーブルに向かい合って座っていた。
「渡部さん」
長い間の沈黙を破るように影山が口を開いたのはお昼を食べていないことに渡部が気付いた直後だった。
「とりあえず今手持ちのものでこのなぞなぞを解くしかないわけですが」
「はい」
「そもそも、どうしてトキさんはこんななぞなぞを出そうと思ったのでしょうか?」
「うーん、それはなぞなぞ好きだから?」
「それはあると思います。けれどそれ以上にみんなが納得する理由があると思うのです」
「はい」
「咲森さんの存在はこの相続で初めて知ったということでしたね」
「ええ」
「あなたと彼とは従兄弟だった」
「はい。自分に従兄弟がいたなんて本当に驚きました」
「従兄弟の関係なんてありふれてます。それなのにその程度のことを秘密にしていたのです」
「そう言われるとそうですね」
「しかも前島さんの系図の話」
「はい」
「あれもトキさんは秘密にしたいと思っていた」
「はい」
「何故か?」
「ええ」
「それは隠したいものがあったから」
「それは自分の離婚ですか?」
「それは違うと思います」
「違うんだ……」
「と言うのも、平野さんや波間さんが出て来たからです」
「はい」
「あの人たちは何でしょうか?」
「さて」
「御存知ないですよね?」
「はい」
「誰も知らない」
「はい」
「恐らくトキさんの離婚のことを知ってる人はこの町にはいるでしょう。でも彼ら二人のことは誰も知らないのではないですか?」
「うーん」
「どこの馬の骨かわからないような人をどこで見つけて来たのかと思ったのではないですか?」
「正直に言って、イエスです」
「確かに法律的には彼らに遺産を分配出来るのです。でもその理由がわからない」
「私はトキの自分に対する戒めかと思いました。簡単に財産をもらえるとありがたく思わないとか」
「なるほど」
「あのヒントの三番目を見てそう思いました。ですが何故彼らなのかはわかりません」
「トキさんがランダムにどこかで見つけて来た人かもしれませんね」
「私は恐らくそうだろうと思っています。トキさんは変わった人でしたから。今回だってこんな相続になぞなぞを出すなんて普通じゃ考えられないですよ」
「私も最初はそう思いました」
「最初は?」
「はい。ですが、この町に来て色々と話を聞いていると何かもっと深いものを感じるのです」
「深いものですか」
「ええ」
「しかし、そうは言っても明日の期限には間に合いそうもないですね」
「時に、他の相続人の方はどうされていますか?」
「平野さんは東京へ戻ったままです。場所を変えて考えているのか、相続を諦めたのか、或いは誰かに知恵を借りているのかは不明です」
「なるほど」
「波間さんは?」
「東京へ戻ったらしいです」
「らしい?」
「そんな話を誰かがしていました。私は平野さんと何か企んでるような気がしているのですがね」
「企み?」
「ええ、私や咲森さんが問題を解けなかったらどうするとか」
「二人で共同事業とか?」
「ええ、恐らく初めからそういう関係にある二人をトキさんが声を掛けたんだと思いますよ。この島のリゾート開発関係の会社の社員かもしれません」
「リゾート開発?」
「ずっと前に私がトキさんにそういう話があるんだけどって紹介したことがあったんですよ。その時はうんともすんとも言ってませんでしたが、自分で連絡でもしたんじゃないですか?」
「そんな話があったんですか?」
「ええ、私もすっかり忘れてましたが、あの二人、怪し過ぎます。最初の時だけ顔を出して、後は関係ありませんみたいな感じでしょう。しかも東京に戻ったみたいなこと言ってる。きっと会社に戻って財産が分けられた後、どうやってその資金でこの島を開発するかを計画してるんじゃないですか?」
「なるほど」
「じゃなければおかしいですよ。彼らはいったい今何をしてるんだか」
「咲森さんは?」
「ホテルにこもって考えてるんでしょう。どうやら大友さんが近づいて良い知恵を貸してるらしいですから」
「大友さんというと……」
「実は私の祖父です」
「渡部さんのおじいさん?」
「はい。縁は切ってますがね」
「なんだ。そうだったんですか」
「黙っていてすみませんでした」
「いいえ。そんなことはどうでもいいんですが、すると祖父というと」
「私の母の父です」
「なるほど」
「母は父と離婚をしてます。旧姓が大友です。なんでもトキさんの財産を狙って祖父があくどい商売を始めたから離婚をしたとか。詳しいことはわかりませんが」
その時、玄関のベルが鳴った。
「誰でしょう?」
「ええ」
「ちょっと出てみます」
それから暫くして渡部が戻って来ると、その顔には困惑した表情が見られた。
「どうかしましたか?」
「平野さんでした」
「平野さんが戻って来たのですね。戦線離脱じゃなかったんだ」
「ええ……」
しかし、渡部ははっきりしない顔をしていた。
「渡部さん、大丈夫ですか?」
「あ、はい」
「明日は皆さんが戻って来るのでしょうね」
影山はそれで話題を変えてみた。
「はい……」
しかし渡部は上の空だった。
第28章 養父の最後
―養父の最期―私は私の独断で勘当されていた軍司さんを呼んでいた。養父は軍司さんの顔を見ると何かを言いたそうだったが、言葉にはしなかった。軍司さんも涙を流して、そして実の父の手を握っていた。私は養父の存命中に二人が和解出来て、本当に良かったと思った。養父は最期に私にありがとうと囁いた。その言葉に込められた意味は色々とあると思うが、私は父の養子になれて、とても良かったと思っていた。そして、これまで養父から受けた愛情はとても言葉では言い尽くせないものだと感謝していた。ありがとうと言うべきは養父ではなく私であって、私はありがとうと言われるようなそんな存在ではないと思っていた。
勘当されていた軍司さんもそれからここに逗留して、養父の納骨まで色々と手伝いをしてくれた。私もこれから新しい当主として責任がある立場になることが不安だったので、彼の手助けはとてもありがたかった。私は当主として彼の勘当を解き、そして家長の権限のいくつかを彼に委譲した。佐藤の家は、この町に対して大きな権限を持っていたので、そのことによって養父から私に代替わりをしても、滞りなく事を進めることができた。
しかし、それがいつからか歯車が狂いだした。軍司さんの権限がいつしか私と逆転してしまい、私の気がつかないところで、どんどん端の方に追いやられてしまっていた。そして最後に私は、隠居同然の扱いをされた。元々軍司さんはこの家の跡取りだったのだから、彼が帰って来て復権をしたとなると、昔からの馴染みや、最後は家の者までも彼の側につくのは当然だったかもしれない。
私は、とうとうこの家の全てを彼に譲り渡す格好になってしまったのだ。私には何も残らなかった。私は養父を手伝い、更にこの家を盛り立てた後、勘当されていた息子を呼び戻して、財産や地位をそっくり彼に継がせてしまうだけの役目だった。
けれど私はそれでも良かった。養父と過ごした25年は、私には至福の年月だった。私は母屋からずっと離れたところの小さなあばら家に隔離され、そこで余生を送ることになった。その生活は不自由ではなかったが、貧しかった。全てを軍司さんに譲る時、養父が私に言った「ありがとう」はこれに対する意味だったのだと私はその時気が付いた。しかし私には悔いはなかった。寧ろ私は幸せだった。
第29章 久伊の家族
久伊が亡くなった後、軍司の援助も絶たれ、久伊の女房は貧困のどん底に落ちた。しかしそのことを気に掛ける者は誰もいなくなっていた。町のみんなは軍司を取り巻いていた。軍司は久伊の名声をやっと消し去ることが出来、やっと自分の功名が世に知れ渡る時が来たと喜んでいた。それには久伊の家族は邪魔だった。それで彼らを表舞台には決して立たせることはせず、座敷牢のようなところに囲った。
一方、ミズは兄の仕業に強い反感を抱きながらも、町全体を掌握していた佐藤家の当主には何も出来なかった。ミズに出来ることと言えば、定期的に久伊の女房とその娘に食べ物を持って行ってやるくらいだった。勿論そのようなことでは久伊の恩にはとても及ばないことはわかっていたが、佐藤家が相手ではそれが精一杯のことだった。
しかし、久伊の女房はそうは思ってはいなかった。自分の夫の献身的な行為によって、最愛の男と夫婦になれたミズを良くは思ってはいなかった。確かに夫がミズと結ばれなかったから、自分と夫婦になることが出来たのだが、今の生活は自分の思い描いていたものとあまりにもかけ離れていた。そしてそれは、久伊との結婚によって持たされたという事実から、ミズが他の男を選んで久伊と夫婦にならなかったことを寧ろ恨んでいた。しかも上辺だけの同情心で、自分たちを蔑んでいるような態度に耐えられなかった。
そんな母親の思いはそのままそっくり娘に伝わった。娘は母親が牢屋のような部屋で無念のまま死んで行く姿を目の当たりにした。それから幼く両親に先立たれた娘は養子に出されることになった。もらわれた先は佐藤家の分家だった。それは軍司の計らいだった。自分の目の届くところに置いて、何かの時には久伊の娘という名前を自分のために使おうとしたのであった。しかし娘の心は煮えたぎる復讐心で一杯だった。久伊の思いはこうして大きな誤算を生んだのであった。
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