木製の杭(影山飛鳥シリーズ02)

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第41章 発見  それは水道局からの通報だった。水道の使用量の検針は2カ月に一度行われるが、その時に漏水の調査もあわせて行っていた。誰も済んでいない家で大量の使用量が認められれば、それはそこに誰かが入居しているにも関わらず連絡をして来ないか、或いはメーターから蛇口の間での配管に穴があいていて、そこから水が漏れているかである。  その日、増島検針員が何気にその家のメーターが気になり、普段は敢えて未入居の家の漏水調査などはしないのだが、水道メーターの上に載っかっていた段ボールをどかしてそれを覗いてみた。すると、そこに表示された指針は明らかに大量の水を使っていることを物語っていた。 (これは漏水じゃなくて誰か入居してるな)  増島はそう直感した。というのも、前回の指針から大量の使用量が認められるにも関わらず、今はメーターが回っていなかったからだ。漏水ならそのメーターを見ているとわずかだかその数値が増えて行くのだった。ということは誰かが住んでいて、恐らく夜にでも帰って来て、そして水をふんだんに使っているのだろうと思った。  それで一応ドアフォンを押してみた。すると案の定誰も出て来なかった。それではと思い、その夜にもう一度そこを訪ねて誰が住んでいるのかを確認しようと思った。しかし夜に来てみても部屋には電気はついてなく、誰かが住んでいるという気配が全く感じられなかった。そこで近所の人に聞いて回ったのだが周りはマンションばかりで、参考になる話は聞けなかった。  翌日水道事務所の端末で、そこに誰が住んでいたかを検索してみることにした。するとその住人は数年前に亡くなっていたことがわかった。その人には水道料金の未納があり、当時の徴収担当者が相続人を調査して請求をしようと思ったようだった。ところが身寄りが誰もいないことがわかり、そのまま棚上げになっていたことがわかった。  結局前に住んでいた人からは何も手掛かりが見つからなかった。現在あの森萬と表札が出ている家に誰が住んでいるのかはわからなかった。一応確認のため資産税を扱う課で所有者を調べてもらったがそれも無駄足だった。  増島は盗水なんて許せないことだと思った。それで水道工事課の職員を伴ってその現場に行き、配管を外してしまおうと思った。その時だった、その家から下水につながっている管を調べていた職員が人の血液のようなものが大量に付着していると騒ぎだしたのだった。それから少しして増島の通報で警察の職員がその家の中に踏み込むと、そこには死臭が充満していた。そしてその臭いは三階に設置されていた風呂場から漂って来ていた。 第42章 渡部と平野  渡部は平野から電話で呼び出された。是非お話ししたいことがあるので二人だけで会いたいという内容だった。 「いきなり呼び出されてびっくりしましたよ。しかも平野さん、あなたからなんて」 「すみませんね、わざわざお越し頂いて」 「でも、どうしてあなたが私に?」 「川本さんを知ってるでしょう?」 「ええ」 「彼が私のところに来ましてね」 「川本が?」 「ええ、なんでもなぞなぞのヒントを咲森さんの手紙から抜き取ったというんですよ」 「え! あいつがそんなことを?」 「ええ、どうしてもあなたを有利にしたかったのでしょう」 「しかし」 「わかります。私もそれは宜しくないと言ったのです」 「はい」 「それでその抜き取った便箋は私が預かりました」 「あなたが?」 「ええ、彼はとんでもないことをしてしまったと反省してました。あなたに会わす顔がないと言ってね。それで私から返して欲しいと頼まれたんですよ」 「そんなことをあなたに」 「ええ、私はもう相続から離脱した人間ですから、利害関係がないじゃないですか」 「平野さんは相続人を降りたのですか?」 「はい」 「そうだったんですか。東京へ戻られたのはそういう理由だったのですね」 「ところが次に大友さんが私の所にお見えになりました」 「大友って、大友泰さんが?」 「ええ」 「どうしてですか?」 「トキさんの系図を見つけたというんですよ」 「系図を?」 「はい」 「それは私と影山さんがどうしても見つけられなかったものなんですよ」 「でしょう?」 「しかしそれを何故あなたのところへ?」 「川本さんが言ったのでしょう。私が降りたということを」 「どういう意味ですか?」 「私が降りたから私は中立な立場です。それで私にこれをある人に売って欲しいと言うんです」 「売るって誰にですか?」 「渡部さん、あなたか、もしくは咲森さんにです」 「なるほど」 「まさか島でその交渉をするのはまずいと思ったのでしょう。それで東京に戻った私に白羽の矢が立ったようです。この相続のことを何も知らない第三者に仲介を頼んだ場合、その経緯を初めから説明するのは面倒だと思ったのでしょう。そして何より、その第三者が万が一相続に絡んでくると厄介だと考えたのだと思います。その点、私はこのなぞなぞのことを知ってますし、相続を降りたわけですから」 「そうですね。平野さんが一番適任かもしれませんね」 「それから咲森さんが訪ねて来ました」 「咲森さんも?」 「ええ。大友さんから早速勧誘があったのでしょうね」 「系図の交渉ですか」 「はい」 「では、あなたが私にこうやって連絡をくれたのは」 「はい。系図の交渉、と言いたいところですが」 「違うのですか?」 「私の手元になぞなぞのヒントと系図があるんですよ」 「はい。ですからそれを私に売ってくれると」 「違いますよ。わかってしまったんですよ」 「わかったとは?」 「なぞなぞの答えがわかったのです」 「ほんとですか?」 「ええ」 「だってあの有名な探偵だってわからなかったのに」 「それはこちらに系図があるからですよ」 「ではそれに答えが?」 「はい」 「探偵が系図に注目していたのはそういうわけなんですね」 「と思いますよ」 「ではどうしたらその答えを私に?」 「私はお金はいりません」 「どういうことですか?」 「この答えをあなたにそのままお伝えしたいだけなんです」 「つまりタダでですか?」 「ええ」 「ほんとに?」 「はい」 「何故?」 「川本さんに聞きました」 「川本がなんて?」 「川本さんがそのお金で介護施設を建てたいって、だからあなたに是非協力してあげて欲しいって」 「川本がそんなことを?」 「ええ。私はその言葉に感動したんです」 「あなたが?」 「ええ」 「そうなんですか?」 「はい。というのも、私も実は同じような思いがありましてね」 「平野さんも?」 「はい。私も介護施設を真面目に経営しようと思っていたんです」 「それはどうしてまた?」 「母なんです。母が重篤な障害を持ってましてね、それで母の介護をしたいという気持ちが強くあったんです」 「ではお母様は今も?」 「亡くなりました。でも母と同じようなことで苦しんでる人、或いはそのご家族のために何か手助けが出来ないかと思いまして」 「そうだったんですね」 「しかし、それに相応しいのはあなただと思いました。仮に私にトキさんの財産が入ったとしても私の力では、財力を含めて、とても無理です。あなたならそのための土地もお金もある。ですからあなたになぞなぞの答えを教えて、それでトキさんの財産をより多く受け取ってもらおうと思ったのです」 「そうですか」 「ええ。しかし東京へ戻った時はまだその決心がついていませんでした。でも川本さんが訪ねて来た時に、あなたの計画を知って、それでそう思ったのです」 「なるほど」 「回答期限は明日でしたね。今日元町さんに連絡をすればあなたには莫大な財産が入るのです」  二人はトキの実家で会っていた。明日はそこでなぞなぞの回答を元に最終的な相続財産の配分が確定することになっていた。それでその日はそこには誰も寄り付かなかった。寄り付きたくもなかった。二人だけで会うには最適な場所だったのだ。 その時だった。二人が話をしていたリビングのドアが突然開いて誰かがそこに入って来た。 「やっと会えましたね、平野さん」  その声は波間だった。 「波間さん?」  渡部はどうしてそこに波間が現れたのか理解出来なかった。それで日にちを間違えたのかと思った。 「波間さん、回答期限は明日ですよ」 「渡部さん、わかってます。私がここに来たのはそのことではなくて、こちらの平野さんを追い掛けて来たのです」 「平野さんを? どうして?」 「平野さんは咲森さんと会っていたんですよ」 「それは知ってます」 「知ってる?」 「系図の件でしょう?」 「系図って?」 「波間さん、どうしたのですか? なんか怖い顔をして」 「咲森さんがこそこそとホテルを抜け出すところを見ましてね。それで尾行したんですよ。そうしたら東京の平野さんに会いに行ったんですよ。怪しくないですか?」 「それは今平野さんから伺いました。咲森さんは平野さんから系図を買おうとしたのです」 「系図?」 「ええ、なぞなぞの答えが分かる系図です」 「そうなんですか?」 「ええ。いま渡部さんが言った通りです」 「なんだ、じゃあ渡部さんは咲森さんの行動を御存知だったのですか」 「はい」 「そうか、じゃあくたびれ儲けか」  そう言うと波間は近くの椅子にどんと音とを立てて腰掛けた。 「私はてっきり平野さんと咲森さんが悪だくみをしてるのかと」 「考え過ぎですよ」  そう言って平野は笑った。 「でも、お二人はどうしてここへ?」  波間は少し落ち着くと、今度は何故渡部がここにいるのかが気になった。 「それは……」  すると途端に渡部が口を閉ざしたのでこれは何かあると波間は直感した。 「こちらが悪だくみだったりして?」  波間は冗談ぽくそう言った。 「それに探偵さんは?」  そして渡部の傍にいつもべったりと貼り付いていた探偵がいないこともおかしいと思った。 「まさか首にしちゃったとか?」 「首にしてもいいかもしれませんね」  そう答えたのは平野だった。空気が急に緊張し出した。 「そう言えば平野さん、面白いものを発見したんですよ」  それで波間は話題を変えようと、平野と共通しそうな話をすることにした。 「森萬というお宅を発見したんですよ」 「え?」 「森萬、知ってるでしょ? トキさんから来た手紙に書いてあったじゃないですか」 「森萬て何ですか?」  二人の会話に渡部が加わった。 「あなたと咲森さんが会ってた神社の脇に、森萬という表札の家を見つけたんですよ。確かトキさんの手紙には森萬家は断絶したとありましたが、まだあったんですね。だとすると断絶なんてしてなかったんじゃないですか」  平野は波間の話を黙って聞いていた。 「あなた方があそこで消えたということは、あの森萬という家に関係があるのではないですか? 例えばあれからあそこに行ったとか」 「見たのですか?」  するとそこで平野が口を開いた。 「見てはいませんが、考えられるのはあそこしかないなと」 「さっきから森萬とか言ってますが、誰なんですか、それは」  渡部がそう平野に聞いたが、平野はそれを無視して波間に話し掛けた。 「波間さん、あなたは森萬を御存知ですか?」 「さあ、トキさんから来た手紙は母に来た手紙でしてね。母が森萬なんとかっていう人の娘とか書かれてあったけど、私には関係ない話ですよ」 「波間さん、あなたも森萬家の血筋なんですよ」 「あの手紙だとそうなりますね。でもそれが?」 「森萬家がどれだけ佐藤家に尽くし、そしてその恩恵で渡部家が繁栄したかを知ってますか?」 「どういうことですか?」 「それじゃあ、あなたのおばあさんがどれだけ酷い仕打ちを受けたか知らないんですね?」  波間は余りの平野の真剣な訴えに言葉を失った。 「そして私の祖父がどれだけの仕打ちをトキの母と伯父に受けたか、それも知らないんですね!」 「それって渡部家の話ですか?」 「そうだよ!」  渡部は平野の豹変に身体が硬直した。何故彼がそんなに怒りを抱いているのか全く理解出来なかった。すると平野はカバンからいきなりナイフを取り出した。それはサバイバルナイフと言われるものだった。そしてそれを渡部に突き付けた。それで渡部はまるっきり動けなくなった。続いて平野はカバンからロープを出すと、それで渡部を椅子にしばりつけるよう波間に命令をした。波間は事態が掴めなかったが、平野の異様な気迫に押されて仕方なく言われる通りにした。 「平野さん、やめてください。どうしてこんなことを?」 「わからないだと?」  平野は怒りの余り、歯ぎしりをしながら渡部の目を見据えてそう言った。それで渡部はあまりに恐くなってそれ以上何も言えなくなってしまった。波間も平野の怒りがどうにも理解出来なかった。しかし何かを言い出せば、自分にも火の子が降って来そうで、それで黙っていた。
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