木製の杭(影山飛鳥シリーズ02)

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第2部 始まりの次 第8章 小豆島へ 咲森は小豆島に着くと指定されたBRホテルにチェックインした。約束の7時はもうすぐだったので、部屋に荷物を置いてすぐにラウンジに向かった。ただ一つだけ気がかりがあった。それはトキから出された意味不明な、なぞなぞだった。咲森がそのことを考えながら適当なソファに腰かけると、こちらをじっと見ていた男と目が合った。  「咲森さんですか?」 「はい」 「わざわざ起こし頂いてありがとうございます。私が遺言執行人の元町です」 「あ、どうも」  咲森はソファから立ち上がり、その男に一礼すると、その隣にいた自由業ぽい格好の、年齢は50代半ばの男性がこちらを見た。 「ご紹介します。こちらも相続人のお一人で波間さんです」  元町がそう波間を紹介すると、彼はそのソファに座ったままで軽く頭を下げた。咲森はそれで反射的に頭を下げたが、自分だけが立ったままで挨拶をした格好になり、なんとなく気分が悪かった。 「それからもう一人、平野さんという方がいらっしゃるのですが、連絡がつかなくて、ここには今日お越しになっていません」  咲森はそれで相続人が三人いるんだと思った。咲森はいつまでも立っているのがおかしいと思って今まで座っていたソファに座ろうとした。すると、元町にこちらへどうぞと言われたので、波間が座っていたソファの隣の隣に座った。 「その平野さんという方は?」 「トキさんの血縁の方ではないのですが、遺言書で相続人に指定された方です」 「そうですか」 「俺と同じだよ」  咲森が元町と話していると、そこに波間が割り込んで来た。 「するとあなたもトキさんの血縁ではないのですね?」 「ああ、あんたは?」 「私はトキさんの孫に当たります」 「へえ、孫がいたんだ」  咲森はその波間の言い方が引っ掛かった。まるで、孫がいては悪いのかと言いたくなった。 「あ、気に障ったら悪いね。だって孫がいるのに他人の俺とか、その平野とかいう人にも財産をくれるっていうんだから変わった人だなと思ってさ」  咲森はそう言われて確かにその通りだと思った。 「でもね、なんでもそのトキさんがうちの誰かに借りがあるってことらしいんだよ。それでその借りを返したいっていうことらしいんだよ。ね、元町さん」 「え、まあ、そんなところです」  元町はいきなり波間に話を振られて咳払いをしながらそう答えた。 「それと、俺とあんたと平野の他に、もう一人相続人がいるらしいよ」 「もう一人、ですか?」 「ああ、渡部っていう、やっぱりトキさんの孫らしいよ」 「じゃあ全員で四人の相続人がいるんですね」 「そういうことだな」  咲森はその四人がどういう形でトキの財産を分けるのだろうかと思った。 「では、その方々で四等分ですか?」 「それを今からトキさんのお屋敷に行って、話をするってことだよ」 「あ、なるほど」 「そんなもったいぶらずに、ここでちゃちゃっと話してくれればいいのにさ」  元町はそれには何も答えず苦笑いをした。 「では、これから早速出発しますが、ここから車で15分くらいの場所にトキさんのご自宅があります。そちらに着きましたら皆さんの前で遺言書を公開いたします」  咲森はそう言われてサッとソファから立ち上がった。しかし、波間はまだそこに座ったままだった。そしてどこで仕入れたのかわからない缶ビールを片手に持って飲んでいた。 「でも平野っていう人が来ないと始まらないんじゃないの?」  波間は下から見上げるようにして元町にそう聞いた。 「平野さんがどうしても捜しだせない場合は、そのまま相続を始めて良いということになっております」 「そうなんだ」 「ですので、今からトキさんの自宅に向かいますのでご準備をお願いします」  そこで波間という男はやっとソファから立ち上がった。 第9章 相続人の顔合わせ  咲森たち三人を乗せたタクシーはそれから間もなく大きな門をくぐり抜け、見事な屋敷の玄関の前に到着した。 「ほう、門から建物までの距離といい、さすが金持ちって感じだね」  波間は先ほどから目を丸くして周囲を見回している。 「さ、着きました」  元町に案内されてその洋館に足を踏み入れた二人は先ほどからずっと驚きの様子を隠せなかった。長い廊下には恐らく有名な画家が描いたと思われる風景画が飾ってあり、その廊下のところどころには大きな壺がいくつも置かれてあった。 「このお屋敷も相続の対象なんだよね?」 「ええ」  その波間の質問に元町は簡潔に答えた。 「目に映る物全てか」  波間はそう言ってにやけた。 「こちらのお部屋です。さ、どうぞ」  咲森と波間は元町にそう言われてその部屋に入ると、そこには大きな丸いテーブルと、それを取り囲むようにたくさんの椅子があった。そしてその中の四つの席に男性が四人腰掛けていた。咲森はこの人たちは誰だろうと思った。一人はきっと相続人の渡部という男だろうと思った。すると後の三人は、と思ったのだった。 「では咲森さんと波間さんもこちらにお座りになってください」  咲森と波間がその部屋の入り口近くで所在なげに立っていると、元町に促された。 「あれ?」  その時元町はテーブルについている人の中に知らない顔があることに気がついた。 「ええと、そちらのお二人は……」 「平野です」 「え、平野さん!」 元町の驚いた顔に咲森と波間もその男を見た。 「はい。平野タエの息子の逸男です。タエは既に故人なので私が来たのですが、構わなかったでしょうか」 「逸男さん以外にタエさんの身内の方はいらっしゃいますか?」 「いいえ、誰も」 「そうですか、それでしたら逸男さんがタエさんに代わって相続人となります」 「ありがとうございます」 「なんだ。平野さんも来てるじゃんか」  平野と元町の会話を聞いていた波間が呆れたような顔をして言った。 「どうやら相続人全員がこの場に揃ったようですね。良かった。良かった」  波間はそう言って元町をしらけた目で見た。 「では、そちらの方は?」  元町はもう一人の見知らぬ男に声を掛けた。 「私の付き添い人です」 「渡部さんの付添人?」  それには元町は訝しげな顔をした。 「付添人とはどういう……」  波間は何を戸惑っているのか理解出来なかった。一人で遺言を聞くのが怖くて誰か知り合いでも連れて来たのだろうと思った。それでなかなか肝心の相続の話が始まらないことに遂に嫌気がさして、ドンとテーブルを叩くと椅子に荒々しく座り直した。 「そんなことはどうでもいいから早く始めろよ。こっちは忙しいんだから」 「ですが」  波間の言葉に元町はまだ難色を示した。 「私も早く始めてもらいたいですね」  咲森もそう言った。 「まあ皆さんが宜しいというのでしたら」  元町は平野が黙って頷くのを見届けてから、仕方ないという感じで席に座った。 「それではこれから渡部トキさんの遺言書を公開致します」 「待ってました!」  波間はおどけてそう叫んだ。しかし波間が唯一、元町の話に反応しただけで、後の人々は無表情のままだった。 「それではまず自己紹介をお願いします」 「自己紹介?」  波間は昔からそういうことは苦手だった。それで嫌そうな顔で元町を見た。しかし、元町は彼を無視して正面に座っている人を見ていたので仕方なく黙った。すると元町の正面に座っていた男は軽く頷くと立ち上がって話を始めた。 「私は渡部淳といいます。渡部トキの孫に当たります」 「孫っていうと?」  相変わらず波間は遠慮がなかった。 「トキさんの息子の息子です」  そう言うと渡部は座った。次に渡部の左に座っている男が頷いた。 「私は相続人ではありませんので座ったままで失礼させて頂きます。影山といいます」 「付添の影山さん?」 「はい」  波間がまた食らいついた。 「なんでここに?」 「私が依頼した探偵さんです」 「探偵!」  渡部のその言葉にはそこにいたみんなが驚いた。 「探偵さんがなんで?」  波間が続けた。 「渡部さんの相続には条件が付けられています。それを解決する依頼を受けまして」 「条件?」  影山が答えると波間はまた続けて尋ねた。 「そのお話は後ほど私の方から致しますので、それくらいということで」  そこに元町が割って入った。 次に影山から二つ席を空けたところに座っていた男が立ち上がった。 「私は平野です。トキさんのご指名ということでこの場に来ています」  平野という男の素性はわからなかったが、六十くらいの至って普通の感じの人だった。次に平野の左横に座っていた男が立った。 「私は大友と言います。トキさんの幼馴染です。ここへはこの相続のお手伝いということで来ています」 「お手伝いというと……」  波間がやっぱり口を挟んだ。 「この平野さんを捜して連れて来ました」  その大友という男は照れたような笑いを見せてそう言った。すると波間が更に言葉を繋げた。 「平野さんはあなたが捜して来たんだ」 「ええ」 「元町さんが今日平野さんは来てないと言ってたんだけど、ここに来たらいるでしょ。だからどうしたのかなって思ってたんだけど」 「はい」 「そうゆうことだったんだね」  自然と時計回りに自己紹介が進んでいたので、次は波間の番になった。 「あ、次は俺か」  そう言って波間は咲森を見た。咲森が頷くと波間は少し緊張した面持ちで話を始めた。 「ええと、波間と言います。そちらの平野さんと同じように、トキさんのご指名でここにやって来ました。宜しくお願いします」  波間はそう言ってさっと座ると、次はお前だという顔をして咲森を見た。それで咲森はゆっくりと立ち上がった。 「咲森と言います。トキさんの孫に当たります」 「孫と言うと?」  それは渡部だった。 「トキさんの娘の息子です」 「トキさんには娘さんがいたんですか?」  渡部が尚も咲森に話を続けた。 「こちらの元町さんからそう伺っています」 「元町さん、それは戸籍か何かを調べたのですか?」 「はい。淳さんは御存じなかったかもしれませんが、トキさんには離婚された夫がいらしたんです」 「初耳です」 「その方は婿として渡部家に入ったのですが、生まれた娘さんを連れて離婚されたんです」 「そうだったんですか」 「その息子さんがこちらの咲森さんです」 「ではトキさんの孫は私と咲森さんのお二人ということになるんですね」 「はい」 渡部が一応納得したような顔で咲森のことを見たので、咲森も渡部にそのことを聞いてみようと思った。  「渡部さんは私のことをトキさんからは何も聞いていなかったのですね」 「ええ、それで少しびっくりしました」 「では皆さんの自己紹介が終わりましたので、いよいよ遺言書をご披露いたします」  そう言って元町はカバンから封書を取り出した。
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