木製の杭(影山飛鳥シリーズ02)

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第11章 3つのグループ 「影山さん、なんとなくグループが出来た感じがしましたね」  渡部はトキの自宅の敷地内に止めてあった車に乗り込むと影山にそう話を振った。 「グループですか?」  影山は渡部の話が一瞬何のことだろうと思った。 「ええ、先ず私と影山さん、それから咲森さんと波間さん、そして平野さんと大友さん」 「ああ、そうですね」 「まあ私は影山さんに謎解きの依頼をしたわけですけど、咲森さんはどうして波間さんと親しくなったのでしょう」 「そうですね」 「お二人とも東京だということを話していましたから、以前からの知り合いなのか、或いはこちらに来て仲良くなったのか」 「しかし、あの二人は利害が一致しませんよ。咲森さんがあのなぞなぞを正解すれば波間さんの取り分はそのままです。逆に不正解なら増えるわけですし」 「そうですね」 「ただ、波間さんが咲森さんの傍に張り付いていて、正解を拒むような策を練っているとかいうんだったら話は別ですがね」 「うーん、そういう見方もあるのですね。難しいなあ」 「また平野さんと大友さんのペアは微妙な感じがしました」 「微妙ですか」 「ええ、平野さんはあまり相続の話に興味がないような感じがしました」 「はい。それは私も思いました」 「平野さんを捜してここに連れて来たのは、あの大友さんだと言ってましたが、大友さんは何かこの件で利害があるのでしょうか?」 「確か大友さんはトキさんの幼馴染だったと思います」 「ええ、先ほどもそう言ってましたね。平野さんは波間さんと同じように自分で何もしなくても財産は入るわけです。更に言えば何かをしてもそれで財産が増えるわけではないのです。ただ、渡部さんや咲森さんがなぞなぞに不正解した時だけ、その取り分が増えるだけなのです」 「はい」 「そうすると大友さんが二人の正解を阻止するとか、そういうサポートしか考えられないような気がするんですが」 「その増額分から大友さんが頂くということなのかなあ」  渡部は探偵を自分の自宅に泊めていた。ホテル代の節約というわけではなかったが、なぞなぞのヒントを突然思いついた時に影山が傍にいればすぐに相談が出来ると思ったからだった。 「とにかく、謎解きの方、宜しくお願いします。私は影山さんだけが頼りですから」 「わかりました。でも一つ聞かせてもらっていいですか?」 「なんでしょうか?」 「トキさんてどんな人だったんですか?」 「どんなって」 「なぞなぞを解く上で、トキさんの性格や人柄を知るのは大事なことだと思うんですよ」 「それはそうですね」 「それで例えば、変わった人だったとか」 「変わってるって?」 「しっかりした相続人がお二人もいて、更にどこからか遺産を分けようという人を見つけてきたりしているわけですし」 「確かに変わっていたかもしれませんね。こんななぞなぞを解く相続なんて、聞いたことがありませんから」 「それもありますね」 「でも変わってる言うと、話し言葉や書き言葉に変わってることがありました」 「どんなことですか?」 「助詞の『が』なんですが、それを『に』にしてしゃべったり、書いたりする癖があったんですよ。まあ癖と呼べるかはわかりませんが」 「それは変わってますね」 「それでかはわかりませんが、よくトキさんに怒られました」 「どんなことで怒られたんですか?」 「トキさんは遊びに行くと、おやつに草餅とみたらし団子をよく出してくれたんですが、どっちを食べたいかと聞かれた時に、草餅でいいよと言うと、草餅がいいと言いなさいって怒られました」 「『で』じゃなく、『が』と言えということですね?」 「自分なんか、『が』じゃなく『に』と言ってるくせにですよ」  渡部の自宅はトキの家ほどではなかったが、それでも大きな家だった。影山の東京の家に比べたらお城みたいな大きさだった。こんな大きな家に住みながら、更に大きなあのトキのお屋敷をもらってどうするのだと影山は思った。 第12章 平野の帰京 「平野さんは東京へ戻ったそうです」  そのことを渡部から影山が聞いたのは、トキの自宅で遺言書の公開が行われた翌日の昼過ぎだった。 「平野さんやっぱり相続には関心がないのかな」 「果報は寝て待てということで東京に戻ったのかもしれませんね」  渡部の独り言にすかさず影山が答えたので渡部は少し面を食らった。 「そうかもしれませんね」  それで仕方なくそういう返事をした。 「でも渡部さん、もし平野さんが相続を拒否したらどうなるのですか?」 「それはその分が三人に按分されると元町さんが言ってました。そう遺言書に書かれているそうです」 「そうなんですね。ですが平野さんの持ち分は五億円、三人では割れませんね」 「影山さん、確かにそうですね。どうするんだろう」 「それから渡部さん、更になぞなぞが解けなかった場合もありますね」 「と言いますと?」 「仮に渡部さんが正解出来ない場合は10億円が平野さんと波間さんに5億円ずつ行くのですよね?」 「はい」 「その場合、平野さんの相続額は5億円足す5億円で10億円になりますが、それを再び渡部さん、咲森さん、波間さんの三人で分配ということなのでしょうか?」 「そこまでは気がつきませんでした。後で元町さんに確認してみます」 「更には咲森さんが不正解の場合もあります。すると平野さんには合計15億円が渡るわけですから、それを三人で分けるということになるのかもしれませんね」 「ええ」  渡部は影山の話を聞いて、それぞれの場合はいくら自分に入るのか整理したいと思った。それには元町に連絡をする必要があったが、先ほどの電話では今日は別件で忙しいので、緊急のこと以外は明日にして欲しいと言われていた。それでそのことはひとまずおいておくことにした。 第13章 グループ再編  大友は平野が東京へ戻ると聞いて驚いた。せっかく自分が彼を見つけて説得をして、ようやくこのテーブルにつかせたというのに、やっぱり財産には興味がないというような伝言を元町に残して東京に戻ってしまったのだった。大友は裏切られた感じがした。  勿論平野を捜し出したと言っても、特に自分に遺産の一部がもらえるわけではなかった。いや、寧ろ他の相続人からは取り分が減るといって恨まれることになったかもしれなかった。しかし大友にはもしかしたら平野からいくらかのお礼がもらえるのではないかという期待があった。それは、平野を東京で見つけて彼にこの相続の話をした時、平野はあまり関心がないという感じがしたからだった。しかし、それが財産を全く受け取らずに東京に戻ってしまったことになったのは誤算だった。平野の財産に対する思いはそれほどまでに希薄だったのだと改めて思った。 「もしもし大友さんですか?」  それは東京に戻った平野からの電話だった。 「すみません。大友さんには何も言わずに戻って来てしまって」 「それはいいんですが、平野さん、財産はいらないのですか?」 「私はお金には興味がなくて」 「ではどうしてわざわざ小豆島に?」 「一度見てみたかったのです」 「小豆島を?」 「ええ。どんなところなのかなと」 「そうですか。しかし最低でも5億、場合によっては15億が寝ていても入ってくるんですからね。お金はあっても邪魔にはならないし」 「大友さん、それでしたら代わりに大友さんがもらったらどうですか?」 「そう出来るんだったらそうしたいくらいだけど、それは無理ですよ。一旦平野さんが相続して、それをそっくり私にくれるということなら大丈夫だろうけど」 「なるほど、考えておきます」  平野からの電話はそれで切れた。大友は電話の印象からこれ以上平野に張り付いていても無意味だと感じた。それで大友は平野には見切りをつけて、金のなる木を別に見つけなくてはならないと思った。そこで次に取りつく標的にしたのは、トキから難問を出されて一人で悩んでいる咲森しかないと思ったのである。 (しかし、咲森がそうやすやす私を受け入れるか?)  大友はそう思った。そこで咲森が自分を快く受け入れてくれるお土産を持参せねばならないと思ったのである。 (それは何か?)  それは当然、あのなぞなぞの答え、或いはそれ解くヒントだろうと大友は思った。あのなぞなぞはトキがある人物の名前をそこに込めたと元町が言っていた。そうであればトキを取り巻く人間の中にその答えがあるのではないかと大友は考えた。 (友だちか?) (親戚か?)  トキの幼馴染であった大友はトキのたいていの人間関係を知っていた。しかしトキの友だち関係で何か特別な人物という存在がどうしても思い当たらなかった。そこで大友は親戚の中に何かあるのではないかと直感したのである。そしてそれには絶好な物があるということも思い出したのである。大友はそれを上手く手に入れて、その後で咲森に近づこうと決めたのであった。
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