木製の杭(影山飛鳥シリーズ02)

7/24

18人が本棚に入れています
本棚に追加
/24ページ
第16章 川本の目論み  川本が渡部の自宅を訪れると、そこに東京から来た影山という探偵が居た。川本はその雰囲気に今まで味わった事がない違和感を覚えた。そして同時に疎外感に襲われた。 「俊太、久しぶりだね」  渡部のその言葉にも川本はわざとらしさを覚えた。それでどうしても何故そこに探偵がいるのかを聞けなかったのだ。 それはまだトキが亡くなる前だった。幼い頃から渡部を兄のように慕っていた川本は、自分の将来について渡部に相談したことがあった。 「兄さん、やっぱり神戸の大学に行って、神戸で就職をした方がいいのかな?」  川本と渡部は血縁関係にはなかったが、いつしか川本は渡部を兄と呼ぶようになっていた。 「それもありかもしれないけど、俊太は年寄りの扱いが上手いだろ。力もあるしさ。だから介護の仕事なんかどうだろう」 「介護?」 「ああ、ヘルパーの資格を取って、この島の老人たちの面倒を見たらいいと思うんだけどな」  その時川本は、渡部の祖母のトキのことを思い出していた。渡部以外に身寄りのいないトキは、いずれ渡部が面倒を見ることになる。その時自分が介護の仕事をしていれば、渡部の力になれると思ったのだった。 「それにな」 「それに?」 「近い将来、トキばあさんの財産は俺のものになるだろ」 「うん」 「そうしたら余ってる土地に大きな介護施設を建てて、お前をそこの施設長にしてやるからさ」 「兄さん、それは嬉しい話だね」 「だろ?」 「それでそのヘルパーの資格って難しいの?」 「お前ならたいしたことはないよ」 「そうか。よし、わかった」  川本はそうやって渡部に促されてヘルパーの資格を取り、神戸に本社がある介護施設に就職すると、小豆島にある営業所に勤務することになった。川本は最初はヘルパーの仕事などに全く興味がなかった。しかし、いざ始めてみると、意外に自分に合ってるように感じられた。仕事の不満が全くなかったわけではないが、これなら一生して行けると思うようになっていた。ところがその仕事を始める動機だったトキの世話をすることなくトキが逝ってしまうと、今度は渡部の話していた介護施設の建設に関心が高まったのだった。 勿論、渡部が自分をその施設長にしてくれるという期待はあった。しかし、それよりも渡部の力になりたいという気持ちの方が強くあった。 「こちらの影山さんには、トキばあさんの相続の条件として出されたなぞなぞの解答を協力してもらってるんだよ」 「そうなんだ」  川本が何をするでもなくその場に立っていると、そこで初めて影山が川本に挨拶をした。 「それで兄さん、解けそうなの?」 「もっか健闘中」 「そっか」  川本は渡部に遺言書の内容をあれこれ聞きたかったが、渡部の方から言い出さない限り、自分から聞くことも出来ないと思った。 「と言っても俺はまったくお手上げで、先生にお任せするしかないんだけどな」 「先生?」 「この影山さんだよ」 「あ、探偵ね」 「ああ、探偵の先生だ」  川本は渡部がその男に頼り切っていることが気に入らなかった。しかも先生と呼んでいることが腹立たしくもあった。更には、どうしてそのなぞなぞを解くことに、自分を加えてくれなかったのか、怒りを飛び越して悲しくもあった。  すると渡部は影山という男にコーヒーを入れるからと言い出して、川本も飲むならそれを三杯入れて来てくれないかと言った。川本は影山と一緒には居たくなかったので、用があるから帰ると答えた。 「兄さん、相続人が他に三人いるって聞いたけど」  川本はそれじゃあ自分がコーヒーを入れて来ると言ってその部屋を出た渡部について一緒にそこを出た。そして思い切ってそのことを聞いてみたのだった。 「うん。トキばあさんの孫で咲森という人が現れてなあ」 「トキばあさんの孫?」 「ああ」 「他にも孫がいたんだ」 「ああ」 「その人も俺と同じなぞなぞが出されているんだ」 「そうなんだ」 「それから波間という人と、平野という人なんだが、その二人はなぞなぞを解かなくても財産がもらえる」 「どうして?」 「さあ、なんでもトキばあさんに貸しがあるとか」 「へえ」 「じゃあ兄さんとその咲森という人はなぞなぞが解けないと財産をもらえないの?」 「全くというわけじゃないんだ。正解すれば25億円」 「すげ!」 「不正解なら15億円」 「そうなんだ」  川本はあの探偵が役に立たなくてもそれだけの財産がもらえると知って安心した。 「もし咲森が不正解なら」 「うん」 「財産が5億増える」 「じゃあ少なくとも20億が兄さんに?」 「彼が不正解になるかはわからないがね。まあそうなったとして、更に俺が正解すれば30億円になる」 「そのなぞなぞ、解けそうなのかい?」 「正直言って難しいよ」 「でもヒントとかあるんだろ?」 「あっても難しいよ」 「なかったら?」 「まず無理だろうね」 「そっか。まず無理か」 「俊太、変なこと言うなあ」 「そう?」 「ああ」  川本は探偵など信じてなかった。どうせあんな男には何も出来ないだろうと思っていた。やっぱり兄さんの役に立てるのは自分しかないと思っていたのだ。咲森宛ての手紙から便箋を引き抜いたのは自分だった。そのことが結果として渡部の役に立つことになるのだと、川本は固く信じていた。 第17章 平野と川本  川本は渡部と別れると、さっそく他の相続人の様子を探ってみようと思った。そして何か良い情報が入ったら、真っ先に渡部に報告しようと思ったのである。そして影山より自分の方が役に立つと分かれば、あの探偵を東京に追い返して、自分が再び渡部の良きパートナーに返り咲くのだと思ったのだった。  川本はその足で相続人たちが泊っているBRホテルへ向かった。そして先ず平野という人物に会おうと思った。しかし、平野は既にチェックアウトをして東京に帰った後だった。川本はその理由がわからなかった。もしかしたら遺産に興味がなかったのかもしれないと思った。それで、他の二人に会うことはせず、その平野を追い掛けて思い切って東京に行こうと思ったのだった。川本はもし平野が財産をいらないというのであれば、それを全て渡部に譲ってもらうことは出来ないだろうかと考えた。 (今まで聞いたこともなかった咲森というトキばあさんの孫や、波間とかいう得体の知れない人物にくれてやるんだったら、今までばあさんの面倒を看た兄さんにこそ財産を回すべきだ。そしてその中から介護施設を建ててもらって、その施設長に俺がなって、それで兄さんの役に立つんだ)  川本はその平野という人物の東京の住所を覚えていた。実はそれは自分が好きだった女の名字と同じ町名だったからだ。そしてその町は東京に一か所にしかなかった。そのことはその女がいつだったか友だちに話していたのを聞いて知っていた。更にそこの町の1207番地に平野のアパートがあった。その番地は川本の誕生日だった。
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加