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第18章 石、袖、裏
「影山さん、この一枚目の『石、袖、裏』、そもそもこれがわからないことにはどうしようもないと思いますが」
「そうですね」
「これについてはもうおわかりですか?」
「渡部さんはどうですか?」
渡部は影山に聞いたはずが、逆に聞かれてしまって困ったという顔になった。
「この答えは既に解けています」
「本当ですか?」
「ええ」
「では答えは何ですか?」
「舞台ですよ」
「舞台?」
「ええ」
「石舞台?」
「はい。蘇我馬子の墓です」
「馬子?」
「御存知ないですか?」
「はい」
「それから、舞台袖」
「それはわかります」
「そして舞台裏」
「なるほど」
「ですから舞台という言葉が共通するというなぞなぞだったのです」
「そういうことですか」
渡部は、その馬子の墓は知らなかったが、探偵がそう言うのだから、それはそれであっているのだろうと思った。
「ということはですね」
「ということは?」
影山が続けて語り出したので、渡部はそれを促した。
「人、貝に共通する人が誰か、というなぞなぞだということです」
「なるほど」
「それをこの『石、袖、裏』というなぞなぞが示しているのです」
「とすると、それは誰ですか?」
「それはわかりません」
渡部はわからないという影山の言葉にがっかりした。
「わかりませんか」
「ええ」
「そうですか……」
「だって渡部さん、それにはトキさんの人間関係を先ず知らないといけないでしょう」
「確かにそうですね」
「そしてそれがトキさんの知人関係なのか、親戚なのか」
「ですね」
「ですから私は寧ろ、渡部さんが御存じではないかと思うんです」
「私が、ですか?」
「ええ。例えば生前トキさんが渡部さんに特別な人の話をしていたとか」
「特別な人、ですか?」
「ええ。例えばお世話になった人とか、好きな人とか、嫌いな人とか……」
その時渡部は、トキが人の噂をしたことがないことに気が付いた。
「ありません」
「ない?」
「ええ、トキばあさんは人の噂が嫌いでしたから」
「そうですか」
「はい。きっとそういうことで嫌な思いをしたんじゃないかと思うんです。私の憶測ですが」
「そうですか、ないんですね」
今度は影山が落胆した顔になった。
「ただ……」
「ただ、何ですか?」
「仲の良かった友だちの話はたまにしてました」
「それは誰ですか?」
「ええと、確か前島カツヨさんといいました」
「その方は、まだご存命ですか?」
「だと思います」
「渡部さん、じゃあその方のところへ行ってみましょうよ」
「どうしてですか?」
「何かその人からトキさんの人間関係が聞けるかもしれません。だから今から行ってみましょう!」
渡部は影山に急かされて、それでその前島カツヨの所に向かった。
第19章 トキの友人
影山は渡部に案内されて前島というトキの友人の家に行った。トキの友人というだけあって、外見は老婆だったが、目つきや身のこなしはまだまだ若々しかった。
「前島さんは、亡くなられたトキさんのご友人だったとか」
「そうですね。友人というか、なぞなぞのお友達だったかしらね」
(なぞなぞ?)
その言葉に影山は何か明るい兆しを感じた。
「なぞなぞの友達って?」
「なぞなぞを出し合うのよ。こんなの出来たけどって」
影山は渡部の顔を含み笑いしながら見た。もしかしたらトキは事前にこの老婆にあのなぞなぞを出しているかもしれないと思ったからだった。
「では、トキさんからは度々なぞなぞを出されたんですか?」
「ええ、トキさん昔からなぞなぞが好きだったし」
「なぞなぞ好き?」
「ええ。私にも自分で考えたなぞなぞをよく手紙で送って来たの」
「わざわざ手紙で?」
「ええ」
するとその老婆は或る時、こんななぞなぞを考えたのだが、これが簡単に解けるかどうかという質問を手紙で送って来たことを話し出した。そのなぞなぞとは、「石、袖、裏」という三つの文字に共通するものは何かという問題だった。その話に影山は勿論のこと、渡部も目を光らせて耳を傾けた。老婆は一見してその答えがわからなかったので、早速電話でわからないということを伝えた。すると、それを応用したもっと難しい問題を出して、みんなにそれを解いて欲しいのだが、どうしたものかと相談を受けたということだった。それでその老婆は、赤、黄、青なら信号でしょ、それくらいの程度でどうかしらとトキに言ったらしい。すると、そんな簡単ななぞなぞじゃ詰まらないだろうと言われて、やはり自分が最初に考えた通りにすると言われたらしいのだ。トキは一度こうだと決めるとそれを絶対にしないと気が済まない性格だったらしい。
「影山さん、やっぱりトキさんは前からこのことを準備していたのですね」
渡部が興奮して影山に話し掛けた。しかしそれに影山は頷いただけで、老婆に話を続けた。
「前島さん、その時トキさんはそれを応用した問題について、何か言ってませんでしたか?」
「いいえ」
「人、貝がどうだとか?」
「人と貝?」
「はい」
「いいえ、そんなことは言ってませんでした」
影山は落胆の表情をした。
「影山さん、この時、トキさんは応用問題まではまだ考えていなかったのかもしれませんね」
「ええ……」
「ごめんなさい。お力になれなかったみたいですね」
老婆は二人のがっかりした表情を見逃さなかった。
「いいえ、たいへん役に立ちました」
影山はそう言うと渡部と顔を合わせて、そろそろ失礼しましょう、と言った。
「そう言えば」
「そう言えば?」
すると突然思い出したように老婆が話を始めた。
「そう言えばトキさん、電話を切る直前に独り言を言ってました」
「独り言ですか?」
「ええ」
「どんなことですか?」
「確か、気に入らないけど仕方がないね、です」
「気に入らない?」
「ええ」
「何が気に入らないのですか?」
「それはちょっと。ただ私が言ったことに何か気に入らないことがあったのかなって思って、それでずっと気になってね」
結局老婆の最後の話も影山にはピンとこなかった。
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