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第20章 仇敵
人はお墓参りや法事などに行く程には、自分の先祖に興味があるわけではない。僕も例にもれず自分が誰の子孫だとか、元士族だとかそんなことには全く関心がなかった。母親の葬式の時も、近所のじいさんが家系図を作ってもらって、それがどうしたこうしたという話をしていたが、僕は全く興味が湧かなかった。
それが母の四十九日が過ぎた頃、母の遺品の中から一枚の古い写真が現れた。それはどこかの写真館で撮影されたもので、三人の男女が写っていた。真ん中が男性、その両端が女性だった。ただ左の女性はペンで赤く囲われていて、「憎むべき仇」と書かれていた。僕はそれには驚いた。しかし同時に、何かの悪戯ではないかとも思った。
それから僕は裏面を見てみた。そこには、森萬かすみ、森萬久伊、佐藤ミズと三人の名前が書かれてあった。それで赤く丸で囲われた女性は佐藤ミズという人だとわかった。そしてその佐藤ミズの横には小さな字で「最愛の人の人生を狂わせた女」と説明書きがされていた。僕はこの写真が何を意味するのか、とても気になった。また、この「森萬」という二人は夫婦だろうか、それとも兄と妹或いは姉と弟だろうか、そしてこの佐藤ミズとはどんな関係なのだろうかと思った。と言うのも、うちの親戚には佐藤という苗字も、森萬という苗字も思い当たらなかったからだ。そこでその写真にどんな意味があるのだろうと母の遺品をひっくり返してみたのだが、そこにあったのは衣服やたいしたことのない宝飾品、それに化粧品くらいだった。それで仕方なく、そのことはそのままになってしまった。
やがて年末になり、年賀状の季節になった。今年は喪中ハガキを出さなければならないと思い、去年年賀状を頂いた人をチェックしようと、今まで届いた郵便物を保管してある箱を押入れの中から取り出して見た。その中には、今までの年賀ハガキが輪ゴムでとめられ束になって収められていた。ただ下の方の古い年賀状は輪ゴムが溶けてしまってべっとりとハガキに貼りついてしまっていた。僕は見た感じが気持ち悪かったので、それを取り出して新しい輪ゴムと交換しようと思った。するとその溶けた輪ゴムにくっついて、更にその下にしまってあった封書が一緒にくっついて来てしまった。それは気色悪い封書ではあったが、見た目が綺麗だったので、今も母と付き合いがある人かもしれないと思い差出人の名前を見ると、そこには「渡部トキ」とあった。僕はこの人にも喪中ハガキを出さなくていけないのかと思い、母とその人との関係を探るべく恐る恐るその中から便箋を引き抜いた。
「はじめまして。私は佐藤ミズの娘の渡部トキと申します。突然のお手紙失礼致します。」
手紙はそう始まっていた。
―佐藤ミズ―この名前にははっきりと記憶があった。そう、それはあの写真に仇だと赤書きをされていた女性だと僕はすぐにわかった。
第21章 トキの系図
「大友さん、じゃああなたの持ってる情報を教えてください」
咲森と大友はホテルから少し離れた喫茶店で密かに会っていた。そこに大友はトキの出したなぞなぞを解く重要な手掛かりを持参し、一方咲森はその情報によってなぞなぞが解けた場合に増える財産の半分を大友に渡すという契約書を持って来ていたのだった。
「咲森さん、それはトキの系図ですよ」
「系図?」
「ええ」
「それが情報ですか?」
「ええ」
咲森はそれが系図と聞いて、少し気落ちした気分になった。
「咲森さん、なんかピンと来ない顔をしていますね」
「ええ、だって、系図なんかじゃ」
「何を言ってるんですか。いいですか、トキのなぞなぞは人物の名前を言い当てる問題なんですよ」
「ええ、それはわかっています」
「いいえ、わかってないですよ。トキには友達らしい友達なんて一人もいないんですよ」
「一人も?」
「ええ、しかも親戚と言えばあの渡部淳とあなただけ。そのうちのどちらかを答えさせるなんて、そんな簡単な問題を出すわけがないですよ」
「まあ、そうだろうとは思いますが」
「なぞなぞは、人、貝でしたね?」
「はい」
「それを石、袖、裏をヒントにして解く」
「はい」
「そんなのわかるわけないですよ」
「ええ……」
「ですから、トキの人間関係を家系図から逆に当てはめていくんです」
「なるほど」
「ですから、この系図が重要なヒントになるんです」
大友はそう言ってカバンにしまってあった巻物のようなものを取りだした。
「それが系図ですか?」
「ええ」
「立派なものですね」
咲森はその出されたものを見て驚いた。それはまさに系図と呼ぶにふさわしい外観をしていたからだった。
「実はこの系図はたいへん貴重なものなんです」
「どういう意味ですか?」
「系図はどうやって作るかわかりますか?」
「戸籍から、ですか?」
「はい。その戸籍をどんどん遡って、それをつなげていくんですがね」
「はい」
「トキの系図は今では作れません」
「作れない? どうしてですか?」
「戸籍には保存年限というものがあるんです」
「保存年限?」
「ええ。つまり戸籍は永遠に残ってるものではないんですよ」
「そうなんですね」
「それで、今戸籍を遡ってもトキの両親のものまでしか取得出来ないんです」
「私からすると曽祖父母まで、ということですか?」
「そうなりますね」
「そこまでしか遡れないのですね」
「ええ、ですからここにある系図は貴重です。その更にずっと前の代から書かれているんですから」
「前の代というと……」
「約千年遡ります」
「千年!」
「ええ」
「千年前の先祖だなんて、何かよくわからない関係ですね。遥か遠い存在というか、そもそも何が繋がっているのだろうかというような、そんな感じがします」
「はい」
そこで大友は話を一旦やめると、咲森の目の前に置かれていた契約書を手に取った。
「これにハンコを押して、原本は私が持つ。咲森さんにはコピーをお渡しする。それで良いですね?」
「はい。結構です」
大友はその契約書をカバンにしまうと、そこで初めてその豪華な装丁の系図を開いた。
「見てください」
咲森はそう言われてその系図に目をやると、そこには数えきれないほど名前が書かれてあった。
「末端には咲森さんの名前もありますよ」
「どこですか?」
「ここです」
大友に言われて咲森がそこを見ると確かに自分の名前があった。
「ほんとだ」
「ここにはトキの親族が全て書かれているのです」
「大友さんは、この中になぞなぞの答えの人物がいるとふんでいるのですね?」
「はい。間違いないと思います」
「これって何人ぐらい書かれているのですか?」
「ざっと千人の名前が書かれています」
「じゃあ確率からすると、コンマ一%ですね」
「咲森さん、それどういう意味ですか?」
「この中に正解の人がいたとして、それを当てる確率です。千人に一人ですから」
「何を言うんですか。当てずっぽうで行くんじゃないですから」
「すると?」
「この中の人物とそのなぞなぞの問題を符号して行くんですよ。関連があるかどうかを」
「一人一人?」
「ええ」
「時間があまりありませんが」
「はい。だから急がないと」
咲森はこのやり方はあまり期待出来ないと思った。しかし、何もしないよりはましかと思った。それに正解出来なくとも彼には莫大な財産が入った。だから万が一正解することが出来れば棚ぼただと思ったのである。
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