コンガ~若かりし日の記憶~

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まさか捕まってしまうとはな。 俺は、寝ころんだまま空を見上げる。 油断していた。情報収集のために里の外へ出ていたことで、何処か気持ちが高ぶっていたのかもしれない。起きた時には檻の中に入れられていた。 観察対象なのか、はたまた失態を犯した忍びを見世物としているのか。多くの老若男女が現れては、壁越しにこちらを見ては嬉々とした表情を浮かべている。 ここはどこなんだろうな。 俺の問いに答えるわけもなく、青々とした空がただ広がっているだけだった。 幸い天井がないことだけは救いだろう。部屋に閉じ込められては息が詰まる。 というか、脱出経路はあそこしかないよな。 『おい、お前新入りか?』 俺が体を起こすのと後ろから声を掛けられるのは同時だった。 一人だと思っていた。だからまさか、先客がいたとは驚きだ。 振り向けばそいつは、少し離れた場所で歯をむき出しこちらを見ていた。 隻眼だった。縦に走った顔の傷が痛々しい。 『今だけな。そしてすぐに出ていくから安心してくれ』 俺は、そう言うと背を向け体をほぐすように屈伸をする。不意に感じる殺気。 反射的に転ぶように横に飛ぶ。 顔を上げれば、先ほどまで自分の頭があった場所に、そいつの拳があった。 『どういうつもりだ?』 『それはこっちのセリフだ。逃げられると困るんだよ』 同居者ではなくて、監視者だったか。 俺は、立ち上がり構える。 相手は、雄たけびを上げながらこちらへと襲い掛かる。 (……素人の動きだな) 腕を振り回し、ただ突っ込んでくるだけ。そこに技術などはなく膂力と腕力だけの純粋な力だけの攻撃。 単純かつシンプルなだけに当たれば大ダメージは必至だろう。 (……当たればの話だがな) 直線的な攻撃ほど軌道が読みやすいものはない。俺は、それを軽く躱し且つ足を引っかける。 それだけで、相手は転び地面に叩きつけられた。 「さて……」 俺は、上を目指すべく壁へと歩き出す。 「まだ終わってねええええ!!!!!」 そいつは、組み付くようにして飛び掛かってきた。 頑丈な奴だ。俺は、バク転するようにしてそれを躱し、相手の後頭部を掴むと体重を乗せ地面に叩きつけた。 「ぐっ……まだ……だ」 本当に呆れるほどタフだな。 地面を抉る程の衝撃だったが意識がまだあるとはな。だが、立ち上がることはできなさそうだ。 俺は、傍らに座り込む。そいつは、目線だけをこちらへと向けてきた。 「監視役も大変だな」 何だがタバコが吸いたい気分だが、あいにく裸一貫でこの場所に放置されていた訳だからな。それでもつい胸元に手を持って行ってしまった事につい笑みが零れた。 『なに笑ってやがる。あと監視役ってなんだ……』 俺は、そいつの言葉に眉を潜める。 『違うのか?』 『俺はただ……無謀な事を止めようとしただけだ』 そいつは、ゆっくりと起き上がるとふーっと息を吐きながら座りなおした。 もう動けるのかよ。やっぱり、こいつはタフ過ぎる。 『俺も若い頃は、お前みたいにここから逃げてやるんだって息巻いてな。同じように壁伝いに上を目指したんだが、足を滑らせてな……その時に打ちどころが悪くて失明したんだ』 そう言って、そいつは自分の潰れた目に触れる。 『これでも俺はリーダーをしていたんだが、失明がきっかけで若い者に負けてな。その時に顔に傷も負わされ俺は無様に逃げたよ……笑っちまうよな、俺はその時に自分のカミさんや子供も置いて逃げちまったんだ。 そして、群れを追われた俺はこの場所に閉じ込められてしまった』 『……そうか』 『だから俺は、お前さんには……いや、ここに来て逃げ出そうとするものは力づくで止めて来たんだよ。二度と俺みたいな奴を生まないためにも』 『……そうか』 俺は、それ以上何も言わずゆっくりと立ち上がる。そいつも何も言わずこちら見つめる。 『だが、それでも俺は行かなくちゃならないんだ。この場所は、俺の居場所じゃないからな』 『頑固だな……お前も』 男の友情。そんな青臭いモノではない。だが、それでも拳を交えた以上俺たちの間に何かが結ばれた。だからこそ、俺たちは小さく笑みを交わした。 『行くよ』 『気を付けてな』 短い別れの挨拶。二度と会うことはないと分かりながらも互いに惜しみある言葉は紡がない。去る者と残る者。互いが互いに選んだ道を進む。ただそれだけだ。 不意に扉の近くの回転灯が黄色く光りだした。 『まずい!!奴らが来る!!!』 『奴ら?』 『ここの監視役だ。俺たちの争いに気付いたんだろう。早く逃げろ!!捕まったら最後二度と空を拝めないと思え!!』 俺は急いで壁にとりつく。早く、だが確実に上へと昇っていく。 『来たぞ!!』 白い防護服を着た奴らがぞろぞろと入り込んでくる。手には筒状のモノ。 銃かよ!? 俺は急いで上へと昇っていく。あと5メートル、3メートル、1メートル……手を伸ばせば縁に手が届く。 俺は、安堵とともに手を伸ばし、そして———パーン 乾いた銃声が響き渡ったのだった。 ********************* 「と、まあそんなこんなで脱出した俺は命からがら里に戻ってきたわけだな」 大みそかの夜。 コタツに入り、過去の武勇伝を聞かせるコンガ。 それを何とも言えない表情で聞いているのは、パンダのリーリーを抱っこしているシャオランとお茶をすする岩爺。そして、ミカンを食べている咲那。 「ねえ咲那。なんで急にコンガ先生は過去話始めたんだろうね」 シャオランがひそひそと咲那に耳打ちをする。 「分かんないよ。毎年この時期になると脱走して屋根に登る名物ゴリラがいる動物園がネットのニュースに取り上げられていたから話をしたら急に語りだしちゃったんだよ」 「まあ、要は里の外でゴリラの姿を露呈したせいで動物園に入れられてしまったって話じゃよ……わしはもう聞き過ぎて耳にタコが出来ちゃったよ」 「何をおっしゃるのですか岩爺様。これは男と男の熱き友情の物語でして。逃げる時に彼は、私を守るため銃弾から身を挺してですね———……」 まだ終わりそうもない話を聞き流しながら先ほどの話題のニュースを読み直す咲那。 そこに掲載された画像には、夕日に照らされどこか満足げな表情を浮かべる隻眼のゴリラが写っていた。
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