逃。

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 私は、自由だ。  引っ越して来たばかりの、段ボールが散乱した部屋の中で、ひっそりと呟く。その言葉に思わず笑みを溢し、日を連ねる毎によって、命の膨らみが増していくお腹を撫でる。  一目見ただけで目立たない大きさだけど、穏やかな血流が巡る感触が掌越しに感じる。胎動は殆どしないから、直接触らないと分からない。とはいっても、数回に一回の頻度で、あ、今、蹴ったかな? ぐらいの感覚しかない。  この命の芽を大切に、私は育むの……守れるのは、私しかいないんだから。唇を、皮がプチリと弾けるほど噛み締める。鏡を見たら、きっと一つの亀裂が入っているだろう。でも、昔よりはマシだ。そう、考えることにした。  あの頃は一つだけでは無く、幾筋もの亀裂が唇に入っていた。それぐらい、私に多大なる負担がかかっていた。よく、生きてこれたと思う。  まだ名もないアナタ、最後の私の希望。私は、今度こそ、潰えさせたりしないからね。  私は、そう小さく決心をして、荷解きの手を早めたのだった。  
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