第5話 ずっとケットシーのターン

1/1
前へ
/69ページ
次へ

第5話 ずっとケットシーのターン

「失礼致します。ケットシー様、本日のご予定を……って、シアン姫様?!」  部屋に突然眼鏡の女性が入ってくる。シアンはじっとその顔を見る。 「……あなた、ストロアですね。そういえば、ケットシーが引き取ったんでしたか」 「えっ、えっ?」  朝から王国の姫君がケットシーの部屋に居ることも理解できないのだが、自分の名前を知っていることで余計の事混乱に陥っている。 「元々眼鏡はかけていなかったように思いますが、目を悪くしたのですね……」 「はっはっはっ、ストロアはボクの補佐として頑張ってくれているよ。目を悪くしたのは商売の勉強のし過ぎだね。夜遅くまで書物とにらめっこするからだよ」 「お恥ずかしながら……」  ケットシーの言葉に、眼鏡をいじりながら少し下を見るストロアである。 「ストロア、頼んでおいた資料は持ってきてくれているかい?」 「あ、はい。こちらでございます」  ケットシーが声を掛けると、ストロアが紙の束を差し出してくる。 「すまないね。今日の予定はアイリスくんが来るって話だったね」 「はい。お昼頃には到着されるかと」 「そうかいそうかい。そうなると、今日一日シアンくんの身を預からなきゃいけなくなるね。さてどうしたものか……」  ストロアの話を聞いて、考え込むケットシー。だが、その顔を悩んでいるより楽しんでいるといった感じだった。 「まあいっか、途中で使いを頼んでいいかい、ストロア」 「無茶振りはいつものことですので、構いませんよ」  ケットシーは開き直っている。その姿に大きなため息をつくストロアであった。 「まぁこうやっている時間ももったいないね。それじゃ、シアンくんが消えてから記憶を取り戻すまでの六年間の話をしようじゃないか。アイヴォリーの話は、アイリス君から聞いてくれたまえ」  ケットシーは肉球で器用に書類を掴んでトントンと整えている。  さすがは長い時間を生きる猫の幻獣。普通の猫とは違うのだよ。 「ストロア」 「なんでしょうか、ケットシー様」  ケットシーが呼び掛けると、ストロアは眼鏡をくいっと触る。 「城に向かってもらって、シアンくんを一日預かるという話を通しておいてくれ。ボクが話があるといえば、通してもらえるだろうからね」 「承知致しました。その後は予定通りでよろしいでしょうか」 「うん、そうだね。チェリシアくんが大豆を欲しがっているからね。まったく、大豆製品はアイヴォリーで人気だから嬉しい悲鳴だよ」 「では、私はこれにて失礼致します。では、アイリス様がいらっしゃる頃には戻ります」 「頼んだよ」  ストロアが出ていくと、ケットシーがくるりと怪しい笑顔をシアンとスミレに向ける。 「では、この六年間の話を始めさせてもらうよ。この世に舞い戻ってきたばかりだ、しっかりと現状を把握しておくれ」  ケットシーのこの言葉に、シアンはごくりと息を飲んだ。 「なるほど、弟のモーフをお産みになったことで、お嬢……お母様の立場は改善されているのですね」  ケットシーの話を聞いたシアンは、5歳児らしからぬ顔で考え込んでいる。 「そうだね。ペイルくん譲りの緑色の髪と、ロゼリアくん譲りの赤い目だからね。二人の子どもと分かりやすいのが大きかったね」 「そうですね。それでいて今は3歳と見た目が可愛い時期ですものね。あと、多少のイヤイヤはあるみたいですが、性格はだいぶおとなしい感じですね」  自分のシアン・モスグリネの記憶を引っ張り出しながら、今朝の印象を重ね合わせて評価するシアンである。 「あの状態でしたら、私も可愛がりたいですね。境遇的には厳しそうですけれど」  腕を組んで首を捻るシアンである。 「そうでもないとは思うよ。食事は一緒にできるのだからね」 「お嬢……、お母様たちのおかげですよ、それは」 「まったく、ロゼリアくんの侍女時代のくせが抜けないようだね」 「抜けないも何も、私は思い出す瞬間までは侍女でしたからね」 「おっと、そうだったね。はっはっはっはっ」  ついつい笑ってしまうケットシーである。 「とりあえずだね。このままでは君の立場は厳しいままだ。13歳まで頑張って、アイヴォリーの学園に行くのが一番だろうね。まだ精霊王が教鞭を執っているだろうしね」 「ああ、ガレンとかいう男性教師ですね」 「うん、彼は性質上ボクたちみたいに年を取らないからね。まっ、人間に擬態している今なら、それっぽく見た目を変えているだろうけどさ」  おちゃらけた感じで話すケットシー。 「でもまぁ、国外の学園に通うというのは、一種の外交だ。そこで成果を挙げれば、面倒な連中の評価も変わるだろうからね」 「とはいえ、最低でも十年ですか。気の遠くなる話ですね」 「まぁそうだねぇ。それまでに君を王族から引きずり降ろそうとする人間は出てくるだろうからね」  両肘をつきながら、笑顔を向けるケットシー。 「というわけだ。彼女たちとの話の中で、自分の持ち味を活かせる方法を見つけるといいよ」  シアンにそう言いつつ、くるりと後ろを振り返るケットシー。  そこには、スミレよりもさらに薄い紫の髪色の女性と、背の高い金髪の女性が立っていたのだった。
/69ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加