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第6話 アイリス・コーラルとの再会
「今日はわざわざ訪問を受諾して下さり、ありがとうございます」
部屋に入ってきた女性が頭を下げて挨拶をしている。
「やあ、アイリス嬢、久しぶりだね。そっちはキャノルだったかな。すっかりメイドが似合っているようだね」
「……うるさいね」
ケットシーの言葉にメイドが不機嫌そうな顔をしている。
その顔を見た時、シアンはそのメイドが誰かすぐに分かった。
禁法を使った後に自分を殺そうとした暗殺者のキャノルである。そのせいもあってか、シアンはスミレの後ろに隠れるように移動していた。
「あら、お客様がいらしたのですね。こんにちは」
にこやかに微笑みながら、シアンに向けて挨拶をするアイリス。
「こ、こんにちは」
さすがに隠れたままでは失礼なので、アイリスの正面に立って淑女の挨拶をするシアン。5歳とはいえども、転生前はメイドをしていたとはいえ貴族令嬢だ。その挨拶は体格のせいもあって少しふらついてはいるものの、しっかりとしていた。
「私はアイリス・コーラルです。お名前をお聞きしてもいいかしら」
「シアン。シアン・モスグリネと申します」
年相応に振る舞おうとするシアンは、ちょっと恥ずかしながら名前を答えていた。
「あら、ということはペイル殿下とロゼリア様の娘さん、王女様なのですね。これは失礼致しました」
アイリスは深く頭を下げている。
「まぁ挨拶はそのくらいにしておこうか。それにしても、急な話だね」
ケットシーはそう言いながら、アイリスたちをソファーに座らせる。それと同時にシアンを抱え上げて自分の隣に座らせていた。
「……」
「何かな、シアンくん」
「……別に」
ジト目を向けたらケットシーに微笑み返されるシアンだった。
用事から戻ったストロアが淹れてきた紅茶を飲みながら、話を始めるケットシーたち。
「申し訳ございません。チェリシアお姉様が相変わらずうるさくて……」
困り顔のアイリスである。
「いや、構わないよ。チェリシアくんの事は以前からだ。ボクもあまり気にしてはいないからね。むしろ楽しませてもらっているさ、はっはっはっ」
淹れたばかりの熱い紅茶を平気で飲むケットシーである。さすが精霊、一般的な猫のイメージはまったく通用しないのである。
「味噌と醤油だっけかね。先に言っておくけれど増産は厳しいよ。モスグリネは精霊の国だから、彼らを怒らせてしまえば恵みを失ってしまうからね」
「そうですよね……。私たちもそれは重々に承知しております」
ケットシーの言い分を受け入れるアイリスである。
「やるならアイヴォリーの土地でいろいろやってみるといい。スノールビーの開発はまだ続けているのだろう?」
「……分かりました。お姉様やカーマイル様たちと相談して決めてみます」
結局は、終始ケットシーにペースを握られたまま交渉を終えるアイリスだった。
「そうそう、アイヴォリー王国はどうなっているかな。ペシエラくんの結婚式以来足を運べていないものだからね、詳しく聞かせてもらってもいいかな」
「えっ、そ、そうですね」
アイリスはちらりとキャノルの方を見る。
「お時間でしたら大丈夫でございます。そもそも一泊の予定で来られていたではないですか」
「あはは、そうでしたね」
キャノルからの返答に、笑ってごまかすアイリスである。笑いながら今度はシアンの方をちらりと見るアイリスである。どうもその目を見る限り、シアンの後ろに立つスミレを含めて何かを感じているようだった。
それに加えて、ケットシーがここでその話を振ってきた意図がどうも読み取れなかった。
ケットシーの表情に怪しさはあるものの、別に問題ないかとアイリスは結局アイヴォリー王国内の話を始めたのである。
「……と、いうわけですね。ケットシーが警戒するような内容は、特にないと思いますけれど」
「いやいや、ありがとう。ペシエラくんに子どもが生まれていたか。それじゃあ、何かお祝いを贈ってあげなきゃいけないね」
アイリスの話を聞いてにこにこと笑っているケットシーである。相変わらず胡散臭い笑顔だった。
「そうだ、アイリスくん」
「何でしょうか」
「ニーズヘッグは元気にしているかい? 彼がまじめに人間の生活をしているとは思えないんだがね」
「彼でしたらちゃんとお義父様の跡を継ぐべく勉強してますよ。お姉様たちの話では、コーラル領は彼にとって無関係な場所ではないみたいですからね」
ケットシーの小ばかにしたような言い分に、アイリスは自分の事のように怒った表情を見せていた。ニーズヘッグは自分の夫なのだから、当然だろう。
「そうかい。それは悪かったね」
ケットシーは謝罪しながら、シアンにちらりと視線を向けていた。まるでシアンに確認を取るような視線だった。
無事に話を終えたケットシーたち。結局シアンとスミレに対して、アイリスたちは何も気づく事なく商業組合から出ていったようだった。
「怪しんでたようだけど、結局気付かれなかったね、クロノア」
「私はアイリスとは距離を置いていましたからね。それに、今の私に幻獣としての能力はありません。いくら神獣使いとて無理でしょう」
にっしっしっと笑うケットシー。それに対して、スミレは険しい顔で言葉を返していた。
「シアンくんは、アイヴォリー王国の話を聞けて安心したかい?」
「ええ、禁法を使ったかいがあったと、十分確信できました」
ケットシーに答えるシアンの表情は、実に晴れ晴れとしたものだった。
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