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第1夜「イサムちゃん」
「ありがとうございましたあ〜!」
シエスタに響き渡る元気な声。
僕は思わずくすっと笑った。
「ユウくん、何で笑うの?」
顔を赤くしながら口を尖らすイサムちゃんに
「ごめん、ごめん。イサムちゃんは今日も元気だなあって思ったら嬉しくなっただけだからさ」
「何それ〜?」
変なユウくん、と笑うイサムちゃんがなぜ
シエスタで働いているかと言うと…。
それは先週の始まりにさかのぼることになる。
「ユウくん、お願いがあるんだけど…」
ムーンライトの中休みにやってきたたきちゃんが
珍しく神妙な面持ちで僕に言った。
「え…?どんな??」
思えばたきちゃんにお願い事をされたことがない僕は
なんだかドキドキしながら聞いてみた。
「イサムのことなんだけどさ…」
「イサムちゃん?イサムちゃんがどうしたの??」
「しばらくシエスタで預かってもらえないかしら?」
「イサムちゃんを!?どうして??」
まさか、ムーンライトで何かイサムちゃんは
やらかしたのだろうか…??
「違うわよ、ユウくん。そうじゃなくて」
こういう時のたきちゃんはとても鋭い(苦笑)
僕が思っていることはすぐにわかってしまうのだ…
「あの子はね、何にでも一生懸命だし、素直だし、
みんなあの子が大好きなわけ。もちろんあたしも
そうよ」
そんなイサムちゃんが特に楽しそうにしているのが、
まかないを作っている時とシエスタにお使いに行く時
なのだとたきちゃんが気づくのに
そう時間はかからなかったらしい。
「ホステスとして育てるべきか、内勤にして中から
支えてもらうか、考えたんだけどさ…」
イサムちゃんに聞いても「何でもやります!!」の
一点張りだし、かと言って他に修行に出すには
イサムちゃんは繊細過ぎて心配だし…となったところ
シエスタに白羽の矢が立った、というわけだそうだ。
「香澄も巣立ったわけだし、人手が必要じゃない?
良かったらしばらくイサムをお願いできないかしら?」
ここで見習いバーテンダーとして働いていた大下くんは
僕と同じようにカクテルバーテンダーの資格を取り、
今はオーナーの克己さん所有のオーベルジュである
「シーサイドライン」のウェイティングバーの
専属バーテンダーとなった。
「僕はいいけど、若菜ママにも聞いてみるよ」
「助かるわ、ユウくん」
当然のごとく若菜ママからもOKが出て
イサムちゃんはシエスタの看板ボーイとなったわけで…
「いらっしゃいませ〜何名様ですか?」
実際に働いてもらって驚いたのは
イサムちゃんは本当に接客が細やかなことだ。
そして良く働く(笑)
店内の掃除、セッティング、お客様のご案内、
オーダー取り、その合間にカクテルの勉強、
まかない作り、グラス磨き…
若菜ママとも水面ちゃんともすぐに
仲良くなってしまう人あたりの良さは
早くもイサムちゃんファンを作りつつある。
「ユウくん!お休み時間にまたカクテルを教えて欲しい
んだけどいいかな?」
「いいよ、イサムちゃん。何のカクテルにしようか?」
「マンゴーを使ったカクテル!」
「OK。用意しとくよ」
「ありがと!うまく作れたらたきちゃんにごちそう
したいんだ」
そんなかわいいイサムちゃんの笑顔に
今日も癒される僕なのだった。
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