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【アナタが好きだと言った音】
今日もまた見舞いに訪れると、彼は病室でイヤホンをしながら眠っていた。
傍らには年季の入った、彼のお気に入りのポータブルCDプレイヤー。一体何の曲を聴いているのか、そっと片耳からイヤホンを外して聴いてみたら、いつも家で聴いていたヒーリング系のピアノ曲だった。
メドレーで流れるそれらの曲はどれも心地よく、聴いているうちにだんだん体が軽くなるような、夢見心地な感覚に包まれていく。
それこそ、天に導かれそうな――
「――ダメッ!!」
ふと我に返った私は、とっさに彼のもう片方の耳からもイヤホンを奪い取った。
なぜなら思い出したから。いつしか彼が『死ぬときはこの曲を聴きながら死にたい』と言っていたことを。
「こんな曲聴いてちゃダメ……聴くなら私の声だけを聴いて!」
すがる思いで語りかけ、極力静かに、それでいてしっかりと、私の声を彼の耳元に刷り込ませていく。
アナタはもう、この世にしがみつきたくないの? 私はこんなにもアナタにすがりついているのに、アナタはもう二度と、私にすがりつこうとしてくれないの?
もしアナタが運命を受け入れたというのなら、私も覚悟を決める。ただ、それとこれとは別。
「どうせ死ぬなら、せめて私の声を聴きながら死んでよ……!!」
あとで冷静になって思い返せば、きっとこう思うでしょうね。何て不謹慎な言葉なんだろうって。いくら個室だからって、それこそ先生や看護師にでも聞かれてたら最悪だって。
だけど今だけは、そんなことどうでもよかった。だって私は、彼といるときだけはいつだって周りが見えないし、彼の声以外は何も聞こえないから。
それはアナタも同じでしょう? 今ならアナタと私しかここにはいないし、私の声以外は何も聞こえないはず。
だったら……私以外の音に浮気しないでよ……!!
「すみません、そろそろ面会時間終了です」
ここで背後から雑音が入り、そのせいで私は二人だけの世界から引き戻される。
もしかしたら彼が最期に聞くのは、今みたいに私以外の声かもしれない。あるいは心電図の音かもしれない。
わかってた。どんなに願ったところで、ずっと二人きりではいられないってことも。この世には抗えない運命があるってことも。
ただ、それでも私に……出来る限りのことはさせてほしいの。
そもそもアナタが言ったんだよ? 『世界で一番、私の声が好き』って。だから、これくらいのことはいいよね?
「また聴かせに来るね」
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