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ポケットの中
それは電車に乗っている数十分の間、中島は一度もスマートフォンを使用しなかったのかという事だ。
ありえるだろうか。
僕たちの年代が、ただ待つという状況化の中で、一度もスマートフォンを確認しないなんて事が。
否。
正直ありえない。
電車に乗った段階で、その状況を仲間に伝えるなり、逆に連絡が来ていないか真っ先に確認したいものだ。
むしろ、暇つぶしにSNSなり、ゲームでもしてそうなものだ。僕ならそうする。
ならどういう事か?
中島は、教室に入る前から自身のスマートフォンとテレビのリモコンを取り違えた事に気づいていた事になる。
想像する。
彼は急いで電車に乗り込んだ。
電車に乗ってしまえば、あと数十分は自分のさじ加減でどうこう出来ることは無い。
まずは、荒くなった呼吸を整えただろう。
落ち着いてきた彼は、おもむろにポケットに手を入れた。
きっと無意識に。それはもう自然な流れだったんじゃないだろうか。
しかし、ポケットから取り出されたモノは、その場所には似つかわしくない不自然なモノだった。
そして中島は気付いたんだ。
スマートフォンとテレビのリモコンを取り違えてしまった事に………。
きっと電車はまだ駅を出てそれ程、経過していなかったんじゃないだろうか。引き返そうと思えば叶わない状況では無かったハズだ。
しかし。
しかし彼は前進した。過ちに気づいていて尚、前に進む事を選んだ。
僕は何だか目頭が熱くってきた事に気付く。
軽く眼を擦り、事の顛末を想像する。
彼は……中島は、この状況をむしろプラスに捉えたんだ。きっと自分でも、面白いと思った。そしてこれを最大限、活かせるタイミングを残り十数分の電車内で必死に考えた。
Answer。
つまりあの、、、クラスメイトから大爆笑をかっ攫った一言は反射的に出た言葉では無く事前に用意してきたモノだった。それも考えに、考え抜いたセリフだったんだ。
こ。
こ…………こんなの。
健気過ぎる。
中島の身を挺した笑いへの気持ちに僕は唇を噛む。
面白指数もいくらか加点せざるおえない。
でも、これでついに結論へとたどり着けた。
僕はこの時、何とも言えない満足感に満たされていた。今まで感じた事の無い、不思議な気持ち。
高揚と静寂が入り混じった様な感覚。
気付けばもうお昼休みになっていた。
僕は半日、中島のポケットの中の謎に夢中になってしまっていた。
フゥ。
ネクタイを緩めイスにもたれ、天井を見て一息。
まあ、こんな出来事をキッカケに僕はポケットの虫になってしまったのだ。
あれから暫く経つが、この趣味は当分飽きそうに無い。
今日も今日とて、誰かのポケットには予想も出来ない物と物語が入っているのだから。
おわり。
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