エピソード2.

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…… …とは言え、心配ではあった。 お互い言葉に出したわけではないが、陸とは将来、結婚も見据えてお付き合いしていたから。 速水さんが何かの拍子に3年前のことを口走って、陸の耳に入ったら困る。 それに帰ってきたその人気ぶりを見て思う。 3年前の突然の海外転勤に、私も深く関わっていたことが社内で知られたら…。 どんな噂をたてられるかわかったものではない。 ここはしっかり口止めしておくに限る! 「葛西、営業企画課にこの資料渡してきて」 川上課長にファイルを渡された。 この時、ピカッと閃いてしまった。 そうだ…このファイルの中に…。 思い立った私は、メモに走り書きをしてファイルに忍ばせ、営業企画課へと出向いた。 速水さんの席まで歩きながら、私に気づいた陸と目が合う。 陸は企画課ではないものの、営業部ではある。 誰にもわからないように視線を絡ませ、目で笑う。 …陸、ちゃんと気づいてくれたかな…。 「おーい。どこへ行くんだ?」 響くような低音ボイスにハッとして前を見ると、目の前に壁が迫っていた…。 やば。 陸に見とれて、速水さんの席を通りすぎていたらしい。 もう少しで壁に顔面打ち付けるところだった… あぶな…! 「あ、あの…川上課長から預かって参りました」 ファイルを差し出しながら速水さんをじっと見て、メモに気付かせる。 [速水課長へお願いです] と書かれたメモを手にした。 よし。気づいた…! 「それでは、よろしくお願いいたします」と言って席を離れようとした。 「…あ。ちょっと待って。ファイル、すぐ返せるから」 は? いや返してもらうんじゃなくて、そこに書いてあるとおりにしてくれたらいいわけよ。 速水さんがメモの裏にこう書いてきた。 『その話は今日19時から丸見ホテルのラウンジで』 はぁ…?? 何がホテルだ!? ラウンジとか言って、万が一にも部屋へ連れ込まれたらかなわない…! ペンを奪ってホテルに✕をつけ、こう走り書きした。 『隣の駅の焼き鳥や『はまじ』で!』 …速水が笑いを噛み殺してる。 「し…失礼いたします」 メモを握り潰してファイルを置いて、営業企画課を後にした。 なんかいいようにやられた気がする…。
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