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エピソード1.
「見た?速水さん、早速上層部に挨拶に行ってたよ!」
「見た見た!3年前より色気が増して男っぽい感じ!…相変わらず卒倒しそうなほどイケメン…!」
朝から社内が騒がしいのは、3年前突然海外支社に転勤になった営業部の花形スター、速水響平が戻ってくるから。
「この日が来るのをどれほど待ったか…!」
ここ、経理部でもファンは多いらしく、気もそぞろな女子がわんさか。
「…来た…!」
瞬間、キャーッという悲鳴に近い歓声があがる。
…芸能人か。
経理部と営業部は同じフロアにあるから、異様な雰囲気は手に取るようにわかる。
「みんな…業務に支障をきたさない程度にさわいでくれる?」
川上課長が黄色い声にかき消されそうな声で呟き、チラッと私を見たのがわかった。
ふん。
私は楽しみでもないし、待ってもいませんから。
右手でメガネをかけ直し、パソコンに向かう。
…歓声がさらに大きくなった。
営業部に着いたみたいだ。
噂によると速水さんは、海外支社に飛ばされた3年間でかなりの実績を積み上げたらしく、ここへは課長昇進を引っ提げてもどってきたという。
さすが。
転んでもただでは起きない…というわけか。
速水さん!速水課長…!お久しぶりです…!
カッコいい…!きゃーっ握手して…って、尋常ではない歓迎ぶりに、彼がとんでもない人だったのを改めて知る。
はぁ…。早く仕事してくれないかな。
そして営業企画課にこもって、うろうろしないでもらえるかな。
まぁ、私のことなんて覚えてもいないだろうけど。
そのうち歓声が、なんだか近くなってくる気がする。
「…お前、俺を出迎えない気かよ?」
私の後ろの席でパソコンに向かう同僚に速水さんが声をかけると、とたんにどよめきが起きた。
「…え?わたし…ですか?」
同僚は緩めウェーブのボブ。
以前は後ろ姿がそっくり…なんて言われたこともあって…なんか嫌な予感。
「…あ?君じゃないや。ごめん。こんな可愛い子に用はない」
すぐ後ろにいる速水さん…もしかして私に用?…でもきっとすぐには見つけられないよ。
なぜなら、私はあの頃とは違うから。
「…なぁ、あいつどこにいんの?」
川上課長に聞いてしまった。
…あぁ、バレる。
コツコツと革靴を響かせて、私の席に速水さんが近づく。
ガシッと肩に大きな手がかかった。
「葛西栞…」
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