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吐いた息が心なしか冷たく、もう秋も終わるのだと実感する。落ちた花びらを摘まんで、窓辺を離れた。可燃物のごみ箱にそれを捨て、ダイニングテーブルに腰掛ける。伏せてあったスマートフォンを手に取り、眼鏡を外してメッセージアプリを開いた。一番上にある『藤沢梗也』とのトークをタップする。最新のやりとりには通話時間の記録が表示されていた。『59:55』一時間ほどのその間に、私たちが言葉を交わしたのは、きっと三分にも満たない。
互いが呼吸する音だけが深夜三時の静けさに揺蕩っていた。私はいつものように外界の光が混じった青い闇を見つめながら、彼が言葉を紡ぐのを待っていた。小波のように、寄せては返す小さな吐息を聞き逃さないように耳を澄ます。波音が大きく長くなって、刹那。震え、掠れた声が電話口からまろび出る。
ーー愛してるって、言って。
「愛してる、」
ふ、とかすかな声が電話口から聞こえて、くつくつと堪えるような音が漏れ、嗚咽に変わっていく。それから数分間、私は彼の泣く声を黙って聴いていた。波が止むと、彼はおやすみと言って、一方的に電話を切った。
履歴の数字を眺めながら、通話の断絶を告げる甲高い電子音が耳の奥で蘇る。目の前が一瞬だけ暗くなって、何事もなかったように感覚が戻っていく。アイコンの丸いフレームの中で微笑む彼と、目が合った。愛してる、か。出会って間もないあの頃だったら、なんの疑いも躊躇いもなくその言葉を口にできたのに。静止画の彼は動かないはずなのに、どうしてだか、その眼から涙が零れてくる様子が自然と想像できた。薄い唇が震えて、縋るようにつぶやく。
――愛してるって、言って。
言われて、彼が望む答えを口にするまでの間、いつも靄に包まれた思考が過る。そう言ったって貴方は、また死にたいって思うんでしょ。
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