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二人分作られたそれを、一つ私に手渡してくれる。彼を見ると、幸福に満ちた表情を浮かべて柔く微笑んでいた。私も、静かに微笑み返す。そして、かちりとグラスを合わせた。言葉はいらない。これは別れの記念ではなく、私たちが永遠に結ばれるための祝杯なのだから。ゆっくりと、時間をかけて飲み干していく。甘く芳醇な香りとなめらかな味わいが鼻口に充満して、濃密な感覚に包まれる。けれど余韻に浸る間もなく、喉から胃へ熱いものが流れ落ちて、身体中に迸った。顔が火照って、くらりと平衡感覚が失くなっていくのがわかる。ふわふわとした意識の中、いつの間にか私は彼の腕に抱き止められていた。最近は寄り掛かられてばかりだった気がして、少し気分がよくなる。けれど、身体はだんだんと重く澱んで、視界はより暗くなっていった。死が近くになって初めて、今まで彼はこんな気持ちだったのかと気付いた。早く、楽になりたい。
「さいごに一本、吸ってもいいかな」
靄がかかって聞こえにくくなった聴覚で、かろうじて聞き取れた声にしずかに頷く。身動ぎする気配がして、なんとか顔を上げた。暗さを増す視界の中で、ふやけては鮮明になることを繰り返す彼の顔が、煙草に着いた灯のおかげでやっと認識できた。夜に咲く一輪の花。ああ、なんて、美しい。途端、ぐらりと身体が不安定になって、後ろに倒れて頭を打つ。横にはなっていない。祭壇に持たれる体勢になっている。肩に縋りつきながら、彼も限界なのだとわかった。煙草を持つ指先が震えている。は、と隣で息が乱れて、はらりと、灯が落ちていく。瞬間、視界の下部が一気に明るくなった。オイルを掛けた影響で、火はあっという間に長椅子の群れに燃え移り、暗闇が侵食されていく。鈍っていく五感の中で、触覚だけが熱気を感じ取って過敏になる。息ができない。尋常ではない熱さに目が昏んで、意識がほどける。ふわりと飛んでいきそうになった時、ふいに左手を取られた。
「明日美」
指と指の間に、彼の指が差し入れられる。固く結ばれる。熱い指先がゆるやかに食い込んでくる。その時、気付いた。蕾だと思っていたのは、実だったのだ。二人の中で熟して、種を宿した。甘い果実。温かな腕に抱きすくめられる。私も彼の背の幹に触れる。爛れた皮膚に、赤い果肉が垣間見える。
「大丈夫、ずっと一緒だよ」
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