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大学に入りたての頃、藤沢梗也は月のような人だと思った。容姿が良くて、男女分け隔てなく慕われる。そういう人は、太陽のように皆を惹きつける強い光を放って、いつも大勢の人に囲まれているものだと思っていた。けれど彼は、いつも人の輪の中心にいるというわけではなく、むしろ一人でいる時のほうが印象的だった。本に落とす視線や、書き物をする時の手つき。何でもない所作のひとつでさえも他にはない気品を持っていた。その上物腰が柔らかく、そっと寄り添うように心に入り込んでくる。それが強引ではなく、相手の距離感に合わせて接しているのが見てとれた。その奥ゆかしささえ漂う姿に皆、憧れ、静かに想いを馳せた。ふと夜空を見上げて月を見つけた時、ああ、彼はこういう存在なのだと確信した。
だから間近でその声を聞いた時、うっすらと柔い光が頭の中を染めた感覚がした。
「あいおさん?」
その声を口火に訪れた静寂が、潮が引いていくように途切れる。ペンを握る手を見つめて、現実感を取り戻そうとまた文字を書き付ける。でも心はついていかずに、彼の言葉をなぞっていた。あいおさんって人、いるのか。なんだか親近感。そう思いながら手を動かしていると、ふと、手元の紙の暗闇が広いことに気が付いた。側に誰かが立っている気配を感じなくもない。まさか。そう思って顔を上げると、やはり机の脇に人が立っていた。逆光になっていて、照明の強い光に線の細いシルエットだけが浮かび上がる。だんだんと正体が現れ、その容貌を真正面から見た時、すらりと、綺麗な顔、という言葉が思い浮かんだ。色白の肌、すっきりとした顎のライン、艶やかな濡羽色の髪に、長い睫毛が伏し目がちな視線の上で繊細に揺れる。そこから覗く双眸が、私を捉えていた。
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