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「私、ですか?」  自分を差して言うと、うん、とゆっくりと微笑まれる。 『相尾明日美(あすみ)』  自分の名前の書かれた即席のネームプレートを見て、彼の屈託のない微笑みを今一度見つめる。  この時はサークルの体験入部の真っ最中。一つ年上で先輩の彼は、私たち新入部員候補が行っているレクリエーションの監督役を務めていた。  私の名字は『相尾』と書いて『そうび』と読む。初対面の人にはだいたい間違えられるので、彼が悪いというわけではない。最近は訂正するのも面倒くさくて否定もしなくなった。けれど、なんだかこの人には。そういう欲が少しだけ出て、つい口が滑る。 「あいお、じゃないです。そうびと言います。訓読みじゃなくて、両方音読みです」  生来の不器用さがたたって、言い方がつっけんどんになってしまう。 「そうび……」  ぽつり、と小さなつぶやきが、余白に黒点を落とすように微かに響く。瞳が色を失くしてぼんやりとし、彼の顔から表情が削げ落ちた。ぞくり、と震えが走る。青く翳った瞳の中で、花が開く光景を見る。それは一秒にも満たなかったけれど、私の中のなにかを疼かせるには事足りる時間だった。 「ごめん。そうびさん、だね。もう忘れない」  次の瞬間にはもういつもの柔い光を纏った彼に戻っていて、申し訳なさそうに私にはにかんだ。部員の集合がかかり、去り際に私を一瞥して、彼が離れていく。少しだけその視線を熱っぽく感じたが、それは名前を間違えてしまった羞恥からだと思っていた。
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